SUN AM12:00 友枝町商店街

 ベッドタウンの商店街にしては妙にあか抜けた印象があるそこは、かなりの人で賑わっていた。
その目抜き通りの角地に、世界中にチェーン展開している喫茶店がある。
 喫茶店にしては珍しく禁煙の徹底したその店内の奥、小さなテーブルに向き合う形で女性が二人座っている。
 一人は二十歳くらい、もう一人も三十路には届かないだろう。
 特に組み合わせには違和感を覚えないが、歳の若い方が妙にくだけた仕草なのに対して年上の方は姿勢を正し、心なしか緊張しているように見える。

「あなたの名前は聞いたことがあるわ。」

          くれない あけみ
 歳の若い方の女性、九連内朱巳は笑みを崩さずに言う。 相手の肩書きや年齢を完璧に無視したぞんざいな口調だ。

「はあ・・・・・」

               ただい まこと
 話しかけられたもう一人の女性忠戌真琴は対照的に緊張した面もちで相づちをうつ。

「うちで一番の古株、同世代は軒並み「処分」されたって言うのにいまだ稼動し続けている我々の大先輩、どんな化け物が出てくるか心配だったけど、ま、一安心ね。」

そう言って朱巳はカプチーノを一口すすり、頬杖をついて微笑みながら真琴を見上げる。

「先輩って・・・貴女は別格でしょう?」

 真琴はどうも落ち着かない様子で朱巳から目をそらす。

「そういう言い方はやめてよ。 なんかどっかの自意識過剰バカと同列で見られてるみたい。」

「自意識過剰って・・・・・ひょっとしてリィ舞阪のことですか?」

「あら? 知ってるの?」

「そりゃあもちろん。 色々と有名な方ですし・・・それに・・・」

「どうせ『あんたと戦えるなら裏切っても構わない』、とか言われたんでしょ?」

 つまらなそうな朱巳に真琴は目を丸くして

「良くわかりましたね・・・」

「ちょっと骨のありそうな奴を見ると誰だろうと喧嘩ふっかけるんだから、あのバカは・・・・・わたしも似たようなこと言われたことがあるのよ。」

ため息をつき心底嫌そうな顔をして朱巳。

「・・・・・あの・・・・・」

おずおずと、遠慮がちに真琴が声をかけると朱巳は

「ああ、ごめんごめん。 指令だったわね。 えっと、P指定の生命体がこの町にいる可能性がある、コードネーム『オビディエント』は、通常任務中に発見した場合速やかに『処分』せよ。 この指令に探索は含まれていないわ。」

 そう言って3.5インチのフロッピーを渡す。

「コードはパターンD90KL、ま、気楽に構える事ね。 確率は一割切ってるから。」

「・・・・・了解しました。」

 真琴は事務的な口調でそう言い、フロッピーを受け取る。

「さて、これでノルマは果たしたから、ちょっと付き合ってね。 真琴さん。」

「・・・え?」

 引きつった笑みを浮かべる真琴に構わず朱巳は

「こんなチャンス滅多に無いもんねぇ。 今日は思いっきり羽根を伸ばせるってもんよ。 案内してね。 真琴さん。」

 朱巳はいたずらを思いついた子供のようにニタニタと笑いながら真琴を見上げる。  真琴は困ったようにため息をつき、額を押さえながら。

「わかりました。 ただし、5時までですよ。」

「・・・ケチ・・・」

 不服そうな朱巳の呟きに真琴は少しだけ安心したような微笑みを見せた。






 そのころ、さくらは知世と共に商店街に遊びに来ていた。
 特に何を買うでもなく、あちこちの店を見て回り、新しく入荷した服やCDなどをチェックしてゆく。 ちなみにケルベロスは留守番である。 

「ところで・・・一昨日のブギーポップさんですが・・・少し調べてみたんです。」

 昼食にと入ったファーストフード店で知世はそう切り出す。

「ほえ? どうやって調べたの?」

「ええ、うちの私設諜報部に調査をお願いしたのですが・・・」

「・・・ちょ、ちょおほおぶ・・・・・そんなのあるの? 知世ちゃんのお家・・・」

呆気にとられるさくら。 無理もない。

 一族経営型の巨大コングロマリットである天宮グループ(大道寺コーポレーションは傘下企業の一つ)の中心である天宮の係累はそれぞれ、企業間の情報戦用の私設諜報部を抱えている。 例えばおもちゃ会社である大道寺コーポレーションの場合、市場調査や新製品のアイディアや技術の流出を阻止するために、その技能を存分に駆使し、走り回っている。 一般に知られる事はほとんど無いが。

「ええ、大した規模の物でわありませんが。」

 にこやかに知世、規模ではなく存在そのものにおどろいているさくらには何の慰めにもならない。 

「ほええ〜〜」

 ただただ驚くしかないさくらに構わず知世は

「噂が16〜20才くらいの女性を中心にして流れているんです。」

「ほえ? 噂? 男の人は知らないの?」

「ええ、どうやら女の子の間だけの噂らしいのですが・・・『死神』、なんだそうです、ブギーポップさんは。」

「し、死神?」

 この手の話は苦手なさくらが眉根を寄せると

「なんでも、その人が最も美しいとき、醜く老いさばらえる寸前に、一瞬で、苦痛を与えずに、美しい姿そのままで殺してしまうんだそうです。 『口裂け女』や『人面犬』と同じような都市伝説の一種だろう。 と母は言っていましたが・・・」

 二人とも「実物」に遭遇している。 それに、信じられない話、と言う意味ではさくら達の今までの体験も同じである。 自覚があるかどうかは別として。

「そのために『湧いて出た』のかなぁ? そんな感じはしなかったけど・・・」

 腕を組み考え込むさくら

「さあ・・・あくまで噂ですから・・・噂話と言うのは本当の事の半分も当たらないものですし・・・」

「ほえ?・・・そうなの?」

 さくらの問いに

「ええ、大体が根も葉もないものですから、理由はあっても根拠は無い、噂というものはそう言うものですわ。」

ゆっくりと頷く知世。

「うーん、ケロちゃんも目的とかは解らないって言ってたけど・・・」

「たぶん、心配はいりませんわ。」

 自分のカップを見つめながら知世はこともなげに

「どんなことがあっても、さくらちゃんなら絶対、大丈夫。 ですわ。」

「・・・うん・・・」

 この子はいつも、自分を励ましてくれる。 全幅の信頼を寄せてくれる。 さくらにはそれがかけがえのないものに見えた。 眩しそうに知世を見つめてさくらは

(応えよう)

 素直にそう思う。 重圧は感じない。 知世が信じてくれるのなら。 そして、「彼」がそばにいてくれるのなら、何も怖くはない。 すでに三度、さくら達はこの町の、いや世界の危機を共にくぐり抜けてきたのだ。
 何度でも切り抜けてみせる、守り抜いてみせる。 さくらは静かに、そして強く誓う。 「力」をくれたクロウ・リードに、天国で幸せでいると信じる母親に。 

「ところで・・・」

 カップの中身を一口飲んで、知世は

「昨日お電話した後、李君はどうなされました?」

「ほえ? 小狼君? あの後・・・」

 そこまで言ってさくらは見る間に顔を林檎のように真っ赤にして

「・・・え・・・えっと・・・・・く・・・9時くらいに帰ったよ。」

 消え入りそうな声で答える。 知世が電話してきたのが8時前だから答えになっていない。

「まあ、そうでしたの」

 笑顔のままで知世。 大体のことはさくらの態度を見ていると解る。 何かがあったことも、大した進展をしていないことも。 
(李君の意気地なし、)
とも思うが決して顔には出さない。

「ここ、いいかい?」

 唐突にかけられた声にさくらと知世は同時に見上げる。 そこには長身の女性が紙コップを持って立っていた。 かなりの美人である。 ジーンズに革のジャンパーという動きやすそうな格好に、きつめの表情のため男っぽい印象が強い。 口調も横柄で男っぽい。

「あ、はい!」

慌ててさくらは自分のトレイを寄せてスペースを作る。

「サンキュ、」

 短く礼を言うと「彼女」はさくらの隣に座る。 さくらは辺りを見回してみると、確かに空いている席はない。 相席を頼む事は不自然ではない。 それでもさくらは、どうも「彼女」が自分たちと話したいがために声をかけたような気がしたのである。

  「なにか私たちにお話でもあるのでしょうか?」

 知世がそう切り出す。 さくらと同じ疑問を持ったようだ。 初対面の人間にするにはあんまりな質問に「彼女」は

「どうしてそう思う?」

 不敵な笑みで切り返す。 まるで声をかけてくるのを待っていたような口振りだ。

「悩んでこの席まで来たようには見えなかったものですから」

「へえ?」

 感心したように方眉を上げた「彼女」は

     きりまなぎ
「俺の名は霧間凪。 捜し物があってこの町に来たんだが、はっきり言って手詰まりでね。 どうにも動きようがない。 そこであんたらの話が聞こえたから少し詳しいことを聞きたいと思ったんだ。」

 一人称を「俺」と言う辺りますます男みたいだが、本人は気にしている様子は無い。

「まあ、そうだったのですか。 立ち聞きなさっていたのですね。」

 困ったように眉を寄せて知世。 非難しているようには見えない。

「聞かれて困る話だったのかい?」

こともなげに霧間凪は言う。
 こちらも反省の色は見受けられない。
「いいえ、全く」

 涼しい顔で知世。 
 ちなみにさくらは会話に入るきっかけを無くして席の隅で縮んでいる。

「それで、お話というのは?」

 知世が促すと凪は、まっすぐに知世を睨み付け

「ブギーポップといつ、どこで会った?」

 簡潔に、そう質問する。

「あら、あんなデマを信じてらっしゃるのですか?」

 知世がとぼけると

「デマかどうかはあんたらも良く知っているはずだろう。」

 とぼけるな、と言いたげに凪。

「霧間さん、でしたわね。 貴女はどこまで知っているのですか?」

 そう知世が聞くと

「俺も大したことは知らない。 ただ、『あいつ』は俺の捜し物の近くにいるはずだ。 そう言う存在だと、自分で言っていたしな。」

「・・・何度か先を越されたことがあるのですね。」

 少しだけ笑みを深め、知世は言う。 嘲るような響きはないがかなり痛いところを突かれた形になった凪は顔をしかめ

「まだ答えを聞いてない。」

 憮然とした口調で言う。

「そうでしたわね。 一昨日の夜に、公園の遊歩道でお会いしましたわ。」

「公園? あのでかいペンギンのあるところか?」

「ええ、私も一度しかお会いしていませんから、まだそこにいるかどうかはわかりませんが。」

「それだけ聞けば充分だ、助かったよ。」

 そう言って席を立つ。 結局紙コップの中身は一口も飲んでいない。

「いいえ、どういたしまして。」

 最後までにこやかに知世。 心中を一切悟らせない。

「邪魔をしたな。」

 凪はそのまま颯爽とさくら達に背を向け立ち去る。

「お気をつけて・・・」

 と言う知世に片手を挙げるジェスチャーで答えて。

「・・・かっこいい・・・・・」

 颯爽と去っていく凪を見送りながらさくら。 

「あらあら・・・」

 クスクスと笑いながら知世は
(李君がいればどんな顔をしたのかしら)
 なんて事を考えたりする。 きっと不機嫌な顔で凪を睨み付けるだろう。そう言う面での彼は人一倍単純だ。

「でも、捜し物・・・手伝わなくてもいいのかな? 困ってたみたいだけど・・・?」

「もし、助けが必要ならもっと詳しいお話を聞かせてくれるはずですから関わって欲しくないのでしょう。 お一人で何とかするつもりみたいですし、きっと、私たちが手伝うことは何もありませんわ。 無理に私たちが行くとかえって邪魔になってしまいますわ。」

「そう・・・かな。」

 俯きながらさくら。 納得はしていないがヘタに首を突っ込むと知世にまで害が及ぶ。 自分が行くと言えば必ず付いてくる。 不用意に危険に近づくわけにはいかない。

「ええ、きっと、危険はないのでしょう。」

 知世は、凪の「捜し物」がとてつもなく危険な物だと気づいていた。 だが、それをさくらには決して知らせない。 

 知世、小狼、ケルベロス、月、皆危機が迫っている事を感じながらそれを隠している。 さくらに害が及ばないように、出来るならさくらに知られる前に解決しようとしている。 比類無き魔力の持ち主ではあっても一介の中学生でしかないさくらには今回の事件の詳細は重すぎる。 根拠は無いが何故か皆の心には確信があった。
   さくらを悲しませたくない。 その笑顔が曇ることがあってはいけない。 たとえ自分の命を失う事になっても。 彼女には笑顔でいて欲しい。 身勝手で、だからこそ何よりも強い誓いをそれぞれが、それぞれの時と場所で、誓っていた。
 その誓いがどのような結末を産むのかは、まだ誰にもわからない。

 


つづく