SAT PM8:00ペンギン公園

ケルベロスと月は本来の姿に戻りその上空を飛んでいた。  さくら達と別れたあと、月と共にある物を探すためにこの公園を空から訪れたのである。
 その「捜し物」はすぐに見つかった。
 高台に設置された屋根とベンチだけの休憩所、その屋根の上に「それ」はいた。
 筒のようなシルエットの人影、本人は「ブギーポップ」と名乗っていた。
 それは、昨日初めて会ったときと同じようにただ、立っているだけである。
 ケルベロスと月はその目の前に降り立つ。
「・・・やあ、昨日の獣だね。」ブギーポップは相変わらずの無表情でケルベロスと月を迎える。
「そっちの彼は初めて会うね。名前を聞いてもいいかい?」

「・・・月だ・・・」

ひとかけらの愛想も感じられない月の答えに

「ユエ・・・さんか・・・初めまして、後輩のブギーポップです。」

そう言ってオーバーなジェスチャーで一礼する

「わいはまだ名乗ってなかったな、ケルベロスや」

「ケルベロス・・・ギリシャ神話の地獄の門番かい? これはまた大層な名前だね。」

「ほっとけ」

「ところでいったい何の用だい? 見たところ可愛い後輩の所に遊びに来たってわけでもなさそうだけど?」

 飄々とした、どこか他人を小馬鹿にしたような調子でブギーポップ。

「お前のどこが可愛いんや、別に遊びに来たわけとちゃう。 お前に聞きたいことがあるんや。」

「後輩の僕に質問かい? ぼくはまだ生まれてそう長い時間を過ごしてきた訳じゃないから大した事は答えられないよ。自分が何者かもよく解っていないんだし。」

 ケルベロスは頷き 威嚇するように喉を鳴らす。
「お前が何者か、ちゅうんはわいらの知ったことやない。 下手するとお前よりくわしいかもな。 けど、質問は別にあるんや、答えてもらうで。」



ここで少し時間を遡り、小狼宅のリビング。

「まず、小僧に質問や、なんで札を使う?」

「は? なんでって・・・魔力の貯蓄と時間の節約だろう?」

「そう、それや、いざというときのための魔力の貯蓄と呪文唱える時間の節約、それが呪符やカード使う元々の理由や」

 元来魔法というものは、本人の魔力と呪文を含めた動作によって発動する。 基本的に、魔力が高いほど威力が、動作が複雑で時間がかかるほど精度が増す。 だが、魔力には個人差があり、複雑すぎる動作は、時として取り返しのつかないタイムロスを産む。 そこで、ある程度の魔力と動作の一部(もしくはそのほとんど)を呪符やカードに肩代わりさせる。 前もって呪符を作り、それに魔力をこめておけば、ほとんど魔力を消費せずに一瞬で術を発動させることが出来るのである。 威力を上げるためにはさらに魔力を上乗せすればいい。 どのみち呪符無しよりも魔力の消費を抑える役には立つ。

「それとあの「影」とに何の関係があるんだ?」

「まあ聞けや、小僧の使うとる札とさくらカードの違いてなんやと思う?」

「小狼君のお札とさくらカードの違い・・・?」

「デザイン・・・ではありませんよね?」

「オレの呪符は使い捨てだがさくらカードは魔力さえ補充すれば何度でも使える・・・それが違いじゃないのか?」

「そんなんやない。」

 ケルベロスは首を振る、横に、

「小僧の札もさくらカードもだいたいおんなじ事が出来る。 せやけど小僧の呪符だけやない、他のどんな魔術師も出来んかったことをクロウはやっとるんや、それがさくらカードにはある。」

 短い沈黙、それを破ったのは知世だ。

「・・・心・・・ですわね。」

「お〜、よ〜わかったな〜知世、そうや、クロウだけが「心」を生み出すことが出来たんや。」

「その「心」が何かの役に立つのか? 制御に余計な負担がかかるだけじゃないのか?」

 首を傾げながら小狼、

「そう、実際役にたたんわな、それどころか場合によっちゃ邪魔になることもある、せやけどさくらみたいに魔力はあっても魔術の知識を全然持ってへん人間にはめちゃめちゃ便利やっちゅうことや、クロウはひょっとしたらさくらに使ってもらうためだけにカードを作ったんかも知れへん。」

「でわ、ブギーポップさんは柊沢君が作ったのですか?」

「いや、そうやない、あれは「湧き出しもの」や。」

「湧き出しもの?どこから湧いて出たの?」

「それは知らん、クロウも解らん言うとった、ともあれクロウはその「湧き出しもの」をカードに封じ込めてクロウカードとその守護者、つまりわいらの「心」にしたんや。」

「自分でも解らないものを使ってカードを作ったのか?!」

「まあな、変わりもんやからなぁ・・・クロウはひょっとしたら「生まれる前の魂」ちゃうかって、死んだあとの魂は他の魔術師にも扱えるから、とか言うとったわ、まあ、調べる方法が一切無かったからどこまで合うとるかは誰にも解らんけどな。」

 ちなみに、現在の技術でも可能なクローンや錬金術のホムンクルスなどの場合、心が勝手に「生まれる」のであって人為的に「生み出された」訳ではない。 心の発生のメカニズムは未だ謎が多く、数多くの仮説が入り乱ていて、ケルベロスの話もあくまで仮説の一つでしかない。 

「じゃあ、羅針盤が反応したのは・・・」

「あの羅針盤は元々「湧き出しもの」に反応するように作ってある。 持ち主が変わったら魔力では探せんからな。 わいと月も一緒やけど仮の姿の時はプロテクトがかかっとるからな。 それに、わいと月、カード以外の「湧き出しもの」なんか滅多にお目にかかれん、クロウもカード作る前に一回だけ会うた事があるだけやって言うとった。」

「それで、危険はないのか?」

「直接あれの「敵」にまわらんかったら大丈夫や、クロウが言うには「湧き出しもの」は一つの目的のためだけに出現する言うとったし、おまけにその「目的」は間違いなく果たすらしいからなぁ。 ま、見逃してもろうたわいらはその「目的」ちゃうかったてことやから、一安心てとこやな。」

「ケロちゃん、その目的ってなんなの?」

「さあな、こればっかりは本人に聞いてみんと・・・まあ、わいらとは関係ないやろうけどな。」

 これがケロの知る全て、クロウカードとその守護者の生い立ちと、ブギーポップがケルベロスを「先輩」と呼んだ理由だ。



場面は戻りペンギン公園

「わいらが知りたいんは兄ちゃんの目的や、なんのために「湧いて出た」んか聞かせてもらおう思うてな。」

 ケルベロスも月も、ブギーポップ自身には興味は無い。 それでも彼に会い、話をする理由は、ブギーポップの「標的」がさくらの害になるのなら、その情報を出来るかぎり集め、できればさくらと遭遇する前に「排除」しておきたかったからだ。「主」を不必要なトラブルに巻き込みたくない、その思いが二人を動かしている。

「僕の目的かい? 実は自分でもよくはわからないんだ。」

 ブギーポップは困ったように肩をすくめながらさらに

「本来僕の仕事は世界の危機を止める事なんだけどね。」

「世界の危機? それこそ大層やな。」

 心底呆れた、と言った感じでケルベロス。

「世界の敵を殺す事が自動的なる僕の唯一の存在意義なんだ、仕事が終われば消えるよ、泡の様にね。 先輩方には迷惑はかからないはずだけど?」

「殺す・・・か・・・穏やかではないな。」

眼に剣呑な光を宿し月が言う
 その仲裁に入るように身を割り込ませたケルベロスは

「一体どんな奴が「世界の敵」になるんや?」

 その質問にブギーポップは少し間をおき、

「大体が自分の能力に溺れてしまった者達だね。 いや、自らの可能性に押し潰され、他の選択が出来なくなった者とでも言おうか・・・・・・・全てのものの弱点を「視る」ことの出来た「恐怖喰らい」。 命はおろか世界にさえ「重み」を感じることのなかった少年は、怪物に出会い「人を食うもの」になった。 生命、と言うより「死」を視、制御する事の出来た少女はその力で世界の全てを一つにまとめあげようとしたし、自分の内にある「絶望」を制御しきれずに世界を道連れにしかけた男もいた。 そのどれもが「世界の敵」として僕の前に現れた者達だ。 僕は彼らを「遮断」することで世界の危機を回避してきた。」

「この近所にそんな物騒な奴がおるんか!?」

 ケロが裏返った声で問いただす。
 それでもブギーポップは微塵も深刻な様子は見せず

「さあ? なんとも言えないな、今回はどうも別件みたいだけど。 僕の体は借り物なんでね、あんまり長い間使えないんだ、だから調べ物の類はほとんど出来なくてね。」


「別件で出て来れるのか?」

 話が違う、とでも言いたげに眉をひそめ月。
 ブギーポップも困ったように手のひらを空に向けながら

「今回は特別なんだろうね、どうもどこかにやり残しがあるみたいなんだ。 それが何か、までは解らない、まあ「それ」が近づいたら察知は出来るから心配はしていないけどね。」

そこであの、他人をからかっているような左右非対称の表情をケルベロスと月に向けて

「お役に立てたかな? 先輩?」

ケルベロスは顔をしかめ

「いけすかんやっちゃなぁ、全く役に立ってへんわ。 話聞いただけ損したわ。」

「どうする? ケルベロス?」

「どうもこうもないわ、しばらくこの兄ちゃんに付き合うしかないやろ。 わいらに出来るんはさくらの周りに被害が出る前に兄ちゃんの「標的」をどないかするだけや。 少なくともその努力はせなあかんやろ。」

「頼もしいね。 そして健気だ。」

「やかましいわ」

 そこで会話が途切れ、しばらく静寂が続いたが、ブギーポップの口笛が闇にほんの少しだけ彩りを与える。それは華やかで派手で明るいメロディーではあるが、口笛特有のもの悲しい響きを孕んでいた。

「確かオペラの曲やったな・・・」

 ケルベロスが呟くと
 ブギーポップは口笛を止め

「ニュルンベルグのマイスタージンガー、第一幕への前奏曲、好きでね。」

そこで一旦言葉を切り、少し考えるような仕草をして

「手伝ってくれるのなら「炎の魔女」を探すといい、きっと僕とは違った情報を持っているはずだ。 僕を出し抜こうと走り回っているはずだからね。」

「ああ、明日からでも探してみるわ。」

 それきり、また、静寂が生まれ・・・
 
口笛が風に乗る・・・

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