SAT PM3:00小狼宅のリビング
小狼宅と言っても昔クロウカード集めのために小狼が住んでいたマンションである。
小狼が香港に帰るおり、一度は契約を解消したがその後借り手がつかなかったため同じ部屋を借りることが出来たのである。
家具や食器の類も処分していなかったため、以前と寸分の変わりもない。
そのリビングで小狼はソファに深く腰掛け、昨夜の出来事の説明を始めようとしていた。
昨晩、ペンギン公園で遭遇した「影」、それをここにいる全員が目撃している。
つまり、李小狼、大道寺知世、ケルベロス、木之本桜。
まず、小狼が自分の体験を語る。
家に帰り、まだ終わっていない荷物の整理をしていると、その中からクロウカード集めの時に使っていた羅針盤が出てきた。
すぐに日本に帰って来る予定だったために、ほとんどの荷物は梱包を解かずに物入れにしまっておいたためである。
その羅針盤を眺め、昔を思い出しながらそれを作動させると・・・
「あり得ない事が起きた」と小狼は言う。
羅針盤が二つの方向を指したのだ。
もはやクロウカードは全て集まり、さくらカードに変わっている。
カードの守護者達が仮の姿の時に羅針盤に反応しない以上、それは確かにあり得ないことであった。
そこで小狼はすぐにさくらに連絡し、自分はその羅針盤の光の指す方へ、つまりペンギン公園へ向かったのである。
「そこにいたのがあの「影」だったんだ。」
「影」と小狼は2,3言葉を交わしたあと戦闘になり・・・
小狼があっさりと負けたのである。
そう語る小狼の表情は硬い。
カードの反応があったとはいえ魔力を持たない相手に為すすべもなく料理されたのだから無理もない。
ともあれそれが小狼の知る全てだった。
「それからしばらくして私たちが到着したのですね」
そう知世が受け継ぐと
「小狼さま、お茶の用意が整いました。」
「お〜待っとったで〜♪」とケルベロス
「ケロちゃん! あ、ありがとうございます。」これはさくら
「どうも有り難うございます。」が知世。
ちなみにお茶の用意をしていたのは小狼と一緒に日本に来た執事のウェイさん。
パリッとしたタキシードの良く似合う髪も髭も真っ白な姿勢の良い長身の老人である。
もともと李家の筆頭執事であった彼は、今は法的には小狼の後見人である。
非常に優秀なバドラーで、一緒に住んでいる小狼さえ彼がくつろいでいる姿を見たことがない。
思わず「セバスチャン」と呼びたくなるような人物である。
「恐れ入ります。全ては李家のためと心得ております。」
あ、どうも。
「? 誰と話してるんだ?」
ちなみにテーブルに並んだのは、
セイロン産の紅茶とウェイさんお手製のアップルパイ(直径30cm)である。
「では、私はこれで」
そう言うとウェイさんは自室へと引き上げる、適度な不干渉も優秀なバドラーの条件である。
「でも、いったい何だったんだろう、あの人・・・」
アップルパイを切り分けながらさくらはつぶやく。
4等分はさすがに多すぎるので小狼、知世、そして自分には6分の1づつ小皿に乗せる。
もちろん残りの半分はケルベロス用だ。
「そうだな、確かに謎が多い、羅針盤が何故反応したのかも解らないままだし、そもそも魔力を使わずにあれだけのパワーとスピードを出せる人間なんか聞いたことも無い。」
自分の紅茶を口元に運びながら小狼
「そうですわね、服装も充分謎な方でしたし・・・・・何より李君を簡単に取り押さえる事が出来るのですから普通の方ではないのでしょう。」
「ぶっ!!」
「・・・あら? 李君どうかなさいました?」
「ツッっ!!ゲホッ! ゲホッ!! い、いや、何でもない、ゲホッ、す、少しむせただけだ・・・」
「大丈夫? 小狼君?」
「あ、ああ、何ともない。」
「リターンマッチなんか考えんなよ小僧、返り討ちにあうんがオチやからな。」
すでに自分のパイを半分ほど平らげたケロ。
「どう言う意味だ!!」目をつり上げる小狼。
「そう言えば「あの人」、ケロちゃんに聞けって・・・ケロちゃんのこと先輩だって言ってたし・・・何か知ってるの?」ケロに目を向けるさくら。
「出来れば詳しいお話を伺いたいのですが・・・」
知世もケロを見る。
3人の視線の先でケロは、
「・・・これから話すんはクロウの受け売りや、クロウ自身確信を持てん言うとった・・・せやからほんまかどうかは誰にもわからへん、そのつもりで聞いてや・・・」
そして、奇妙な緊張感と共に、
ケルベロスは口を開く。
PM6:00木之本宅前
「送ってくれてありがとう、小狼くん。」
「いや・・・」
あのあと、話も終わり解散するおり、ケロがいきなり
「月んとこ行くわ」と飛んでいってしまったのである。
知世もベンツのお迎えがあったので小狼がさくらを家まで送ることになったのである。
「そうだ、夕飯食べて行かない?お茶のお礼にごちそうするね。」と、さくら
「え!? い、いや・・・」真っ赤になってうろたえる小狼。
「迷惑・・・かな?」
「そっっ!! そんなことは・・・ない・・・」
「よかったぁ! 上がって、小狼君!」
と、花のような笑顔を浮かべ玄関へと向かうさくら。
そして、小狼は少しだけ困ったような顔をしてあとに続く。
「まっててね小狼君、すぐ出来るから。」
そう言ってキッチンへ消えるさくら。
それを見送りながらソファで待つ小狼。
キッチンからごそごそと物音が聞こえる。
落ち着かない、ちらちらとキッチンを盗み見ながら小狼は妙にそわそわしている自分と戦っている。
さくらの兄、桃矢は大学に入ってからは一人暮らしをしているらしいし、父親の藤隆さんもここ数年、本来の専門であるエジプトの調査の傍らに日本の石器時代の調査も手伝っているため、遅くなることが多いそうだ。
寂しいのかもしれないな。 すでに故人であるさくらの母親、撫子さんの写真に目を止め思う。
桃矢もこまめに家に帰るようにしているだろうし、藤隆さんも出来るだけ一緒に食事をとろうとしているはずだ、家庭をおろそかにするような家族ではないことは、傍目にもよく解る。
しかし、それでも、
いや、だからこそ、一人での食事はたまらなく寂しかったんじゃないだろうか。
そんなことをつらつらと考えていた。そこに潜む重大な事実に気づかないままで・・・
一方、さくらは、
「フン♪ フンフン〜♪・・・」
実に楽しそうに料理をしている。
最近、他人に食べてもらうことが少なくなったからだろうか。
作り置きの挽肉その他を丸めた物が冷蔵庫から出される
フライパンに火をかけて・・・
「♪晩のおかず〜にハンバーグ♪やっと・・・♪」
・・・・・何故、その歌を・・・・・
と、ともかく、小狼の勝手な想像は外れてはいなかったみたいだ。
てきぱきと、嬉しそうに夕食の支度に精を出している。
「・・・・・うまい。」
「ほんと?! よかったぁ。」
小狼の簡潔な評価は、さくらに心底ホッとしたような笑顔を与えた。
「料理、上手くなったな。」
「ううん、そんなことないよ。 ほとんどお父さんの用意してくれた物に火を通しただけだもん。」
などというやりとりの中、食事も終わり、
「手伝うよ」
「そんな、悪いよ。」
「いいから」
「・・・うん、 じゃあ食器洗って欲しいんだけど・・・」
「ああ。」
と後かたづけが始まり・・・
電話が鳴る。 唐突ではあるが電話なんてそんなもんである。
「はーい。」 パタパタとスリッパを鳴らしながら受話器を取るさくら。
「はい、木之本です。・・・・・あ、知世ちゃん。・・・・・え? ケロちゃん?・・・・・うん、まだ帰ってないけど・・・うん、お父さんも遅いって・・・何かあったの?・・・・・ううん、小狼君が・・・・・うん・・・うん、いいよ、ちょっと待っててね。」
と、さくらは受話器を脇に置き、キッチンにいる小狼と替わる。
「はい、替わりました。」
『大道寺です。』
「ああ、・・・何の用だ?」
『李君、これはチャンスですわ。』
「・・・・・はあ?」
今ひとつ要領を得ない知世に小狼が首をかしげていると、受話器の向こうからくすくすと笑い声が聞こえてくる。
『二人っきりですわね。』
その言葉の意味を完全に理解するのに、しばらく時間がかかった・・・
そして5秒後
「ああ〜〜!!」
そうなのだ、さくらは最近一人で夕食を取ることが多い、そこに小狼がいるということは、いま、この家にいるのは小狼とさくらの二人だけということになる。 しかも、いつもいるはずのケルベロスまで今夜は留守だ。
『李君、アタックあるのみ!ですわ。』
「やかましい!」
『あ、そうそう、今日はさくらちゃん「大丈夫な日」ですから帽子も必要ありませんし・・・』
「な、・・・なんで、そんなことを・・・」
『あら、ひょっとして持ってらっしゃるのですか?』
「持ってない!!」
『なら、ちょうど良いでわありませんか、これで心おきなく・・・』
「それ以上言うな〜〜!!」
『でわ、健闘を祈りますわ。』
「だ、・・・だから・・・」
そこでかかって来たときと同じくらい唐突に電話が切れる。
震える手で受話器を置いた小狼は、その場でヘナヘナとくずおれる。
「はぁっ、はぁっ・・・」
「知世ちゃん、何の用だったの?」
「うわあっっ!!」
「ほええっ!」
「あ、 あ〜、 た、大した事じゃない、す、すまない、驚かせて・・・・・か・・・片づけ途中だったな・・・」
そそくさとキッチンへ行こうとする小狼。
「あ、小狼君、片づけはもう終わって・・・」
ごん
やたらと痛そうな鈍い音が響く。
思わず目を閉じたさくらがおそるおそる目を開けると・・・
「小狼君!」
ソファの前でノビている小狼がいた。
「っ!・・・ったたた・・・!!」
「あ、ごめん、痛かった?」
リビングである。
ソファで小狼がさくらの介抱を受けている。
「もう、大丈夫だ」
小狼が額(そこに大きなコブが出来ている)を押さえながら起きあがる。
「だめだよ、まだ寝てないと。」
そう言って、さくらは鼻が触れそうなくらい顔を近づけてくる。
「う、うわ、ちょっ、ちょっと・・・」
制止しようとする小狼にかまわず、そのまま動かずに出来たてのコブを診ている。
−チャンスですわ−
−アタックあるのみですわ−
−二人っきりですわね。−
といった知世の声が小狼の頭の中でぐるぐると回っている。無理に追い払おうとすると今度は
−今ですわ! ガバッと、ガバッと行くのですわ−
−いいえ、ここはブチュっといくべきですわ−
−こうです、こうするのですわ−
などと、実際に言っていない台詞が出てくるわ天使の格好をした三頭身の知世達(10人くらいいる)が実演までやりだす始末。
(き、危険だ・・・・・このままだといろんな意味で危険すぎる・・・な、なんとか、なんとかしないと・・・)
とは思うもののこんな状況でいい案なんぞ浮かぶわけもなく
「だ、大丈夫だから・・・い、今から病院行くから・・・」
かなり苦しい口実しか出てこなかった。
まあ、これで切り抜ける事は出来たのだから問題は無いが・・・・・勿体なくないか?
「やかましい。」
で、玄関先の門柱。
「ゆ、夕飯ごちそうさま。 その、すまない、迷惑かけてしまって。」
「ううん、私の方がいっつも迷惑かけてるし。 でも、本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫、一人で帰れる。 それに、ここで送ってもらったら何のためにここまで来たのか解らなくなるしな。」
「ふふ、そうだね」
「じゃ、お休み。」
「小狼君」
そう言うとさくらは小狼の肩に手を置き、少しだけ背伸びして・・・
・・・頬にキスをする。
「こ、これっ、 お、おまじないだって・・・あ、あの・・・お、お母さんがよく・・・お父さんがけがしたときに・・・・・だ、だから・・・えっと・・・・・
お、お休みなさい。」
耳まで真っ赤にしたさくらが、逃げるように家に入っても、しばらくの間、小狼は動くことが出来なかった。
SUN AM 1:00 小狼宅
気が付くと小狼は自室のベットの中にいた。 寝間着に着替えている上、髪も少し濡れているから、風呂には入ったらしい。 帰り道の間のことは何一つ覚えていない。 今でも顔が熱い。
目が冴えて全く寝付けなかった。
ふと、ケルベロスの台詞を思い出す。
「・・・返り討ちにあうんがオチやからな」
不思議と怒りは覚えない。
昨日の「影」に対しても恐怖も屈辱も感じない。
ただ、
今なら誰にも負けない様な気がした。
「影」にも、
あの、クロウ・リードにさえ。
・・・まだまだ眠れそうになかった・・・
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