これを読んでいると言うことは、おたくは覚悟を決めたんだな。
 同封してあった金だけ貰ってこれを燃やす。
 と言う選択もあるのに敢えてこれを読んで危険に首を突っこむ気なんだな。
 それを前提としてこの手紙を書くことにする。
 おたくはこの世界に「流れ」の様なものがあるんじゃないか。
 そう考えたことはないか。
 一般に運命とか宿命とか呼ばれているものだ。
 ばかばかしと思うかも知れないが真面目に研究している連中もいる。
 そう、偶然だけでは絶対に説明しきれないものが確かにあるんだ。
 キリンの首はみるみる長くなったとしか言いようが無いし、
 鯨はあっという間にあのサイズまで巨大化したとしか説明出来ない。
 バージェスモンスターの様に一瞬のうちに数え切れない程の種が生まれたケースもある。
 犬と猫は人が生まれてかなり経ってから生まれたんだ。
 人と猿以上に差のある二つの種が、人より後に一つの祖先から分化したんだ。
 現行のどんな学説にも説明しきれない謎が進化というものにはあるんだ。
 そこで、こんな事を考える連中が現れた。
 「進化というものに方向が存在するのなら人は何処に向かっているのだろうか。
 次の進化が人に起きた場合、我々は一体どうなるのか。
 その進化を抑制出来ないか。それが無理なら少しでもコントロール出来ないか。
 最悪でも『次の人類』に我々の要素を少しでも残すことは出来ないか。」
 分かるか? これはもう国家どころの規模じゃないんだ。
 組織と言うには大きすぎるそのシステムに名前は無い。
 便宜上、統和機構と呼ばれることもある。
 俺はその末端の一つであった名もない男の遺産からこの情報に触れることが出来た。
 「進化したもの」が何処かに生まれていないか。
 世界を変える程の力の持ち主はいないか。
 連中は常に目を光らせている。
 一般社会と紙一重のところで。
 今回の「野犬」は統和機構に敵対している組織が作りだした失敗作、その突然変異だ。
 統和機構とは直接の関係は無い。
 それに関してはひとまず安心しても良い。
 だが、連中が探しているのはそういった事件の中心にたどり着く事の出来る人間だ。
 偶然を越えて「たどり着く」事の出来る人間を、理屈では全く説明出来ない宿命を背負った者を奴らは探している。
 世界中至る所に罠を張り巡らせている。
 出る杭を打つために。 あわよくば自分たちのモルモットや末端にするために。
 それは死よりもつらい事かも知れない。
 気を付けろ。
 おたくは狙われる可能性を秘めている。
 奴らの捜し物の条件を満たしている。
 これを読んだ上でどんな選択をするかは俺の知った事じゃない。
 だが、知ってしまった以上、選択肢はあまり残されていない。
 気を付けろ。
 連中は世間と紙一重の所にいる。
 一応この町はちょっとした安全地帯になっているが、それも一時的なものだろう。
 奴らに目を付けられると言うことは世界を敵に回すことと同義だ。
 願わくば、奴らに見つからないように。
 幸運を祈る。

 追伸
 これは燃やしてくれ。






TUE PM 3:00 校舎裏

 小狼は魔法の炎で真っ白に燃え尽きて行く手紙を眺めながらそこに書かれていた内容を思い出していた。
 宛名にも文面にも差出人の名前は皆無、切手も消印も貼られていない上、表に裏にも何も書かれていない封筒が郵便受けに入っているのを見つけたのが今朝、中には「死以上の苦痛を受ける覚悟が無ければ燃やせ。」と印刷された小さな封筒と現金500万円、あとは「礼を言う」とだけ、これも印刷されたメモが入っていた。
 差出人は分かっている。
 羽原健太郎だ。
 一昨日の「鬼」を倒した報酬のつもりだろう。
 現金だけでなく文書に記す事さえ危険過ぎる情報も同封していたのは彼なりの礼なのだろう。 あるいは自分だけ安全圏にいるのに耐えられなかったのか。
 どちらでも構わない。 小狼はそう思う。
 結果的に健太郎の情報が無ければ小狼は今回の事件に深く関わることは無かっただろう。
 だが、実際には関わってしまった。
 まあ、そのお陰で望みうる最高の戦力で事態にあたる事が出来たのだ。 今更恨み言を言う気はない。
 あの晩何が起こったのか、全てを説明出来る者はおそらくいないだろう。
 小狼自身、「鬼」に殴られた後の記憶は無く、次に気が付いたときには既に「鬼」の姿は無く、傷一つ付いていない自分と、ケルベロスと月、そしてさくらがいただけだった。
 とりあえずケルベロスと月にさくらを送ってもらい、しばらく一人で探索し、両腕を失い抜け殻になっていた「鬼」を見つけた小狼は、自らの魔法で燃やしたのである。 それは戦っていたときとは裏腹に良く燃え、骨さえも残らなかった。 とにかく全ての危機が去った事を確認することが出来た。 謎も残ったが最早それを解く糸口も必要もない。

「しかし」

小狼は思う。 気絶している間にブギーポップの「声」を聞いた様な気がしたが彼は来ていたのだろうか? 何を言っていたのか良く思い出せないのだが。 「鬼」に受けた傷が全て消えていたのも気になる。 守護者2人も首をひねっていた。 公園に行った事そのものを覚えていないさくらからは何も聞き出せなかった。 終わっている以上無理に掘り起こしていい記憶ではない。

「・・・・・不法侵入だな」

 唐突に表れた気配に小狼は声を掛ける。

「何にでも抜け道はあるさ。 今回は見つからなければ罪には問われない。」

 表れたのは霧間凪。 今日はさすがに革のつなぎではなく普通のジーンズだ。

「見つかってるじゃないか。」

 憮然と小狼は言う。

「で? 通報するのか?」

 笑みを浮かべながら凪

「フン・・・」

 さらに顔をしかめ小狼は顔を背ける。
 凪は構わず小狼に近づく。

「いくつか聞きたいことがあったんでね。」

「俺もあのあとすぐにやられたから何も知らない。」

 嘘は言っていない。 全てを伝えてもいないが。

「ならまだ『あれ』は」

「あれが死んで・・・いや、動かなくなっているのは確認したし、俺が燃やして灰にした。 ただ、誰が倒したのかは知らない。」

 危機が去ったことだけははっきり言っておかないといつまでも居座られそうなのでそこは言っておく。

「解決・・・したんだな?」

 少し安心したように凪

「解決したけど謎も残った。 解きたくもない謎がな。」

 疲れたように小狼。

「物事の全てを知ることは不可能さ。 たとえ『死神』であってもな。」

 薄く、自嘲気味に笑いながら凪。

「真相は闇の中・・・か。 その方が良いのかもな。」

 溜め息を漏らしながら小狼はさらに

「で? 聞きたいことはこれで全部か?」

 凪に目を向け言う。

「全部という訳じゃないが。まあ、聞いても無駄だろうな。」

 頭を掻きながら凪。
 少しホッとする小狼。 年の差も相まってか彼女を見ていると4人居る姉を思いだし少し緊張する。 何となく、全てを見透かされている様な感じがする。 気のせいだと思いたいが。

「もう一つの用事を片づけるか。」

 そう言うと凪は小狼の両肩を掴みいきなり唇を重ねてくる。

「?!」

 いきなりの事に小狼が目を白黒させている内に凪は唇を離し小声で。

「あんたのお陰で死なずに済んだ。 礼を言うよ。」

 そう言って呆然とする小狼を残して立ち去る。

 どさ。

 背後で何かが地面に落ちる音、その音に何かこう、例えようのない悪寒を感じる小狼。
 ゆっくりと、首の骨を軋ませる様に振り返る小狼。 その視線の先に入ってきたものは・・・

 口元に右手を当てたまま硬直している知世と

 足下に鞄を落として呆然とするさくら。

「あの・・・これは・・・・・」

 小狼の口から震える声が漏れる。 膝に全く力が入らず、意識が遠のいて行く。 歯の根は合わず、呼気は荒い。 全身至る所から冷や汗が吹き出してくる。 今までに一度も感じたことの無い恐怖で。

 知世がなにやらさくらに耳打ちしているのが見える。

「こ、これには訳が・・・」

 知世を止めるべく小狼が2人に近づくとさくらは鞄を拾うことも忘れて脱兎のように走り去ってゆく。

「あ・・・あいつに何を言ったんだ!」

 知世に詰め寄る小狼。

「見た感想をそのまま、ですわ。」

 悪魔の微笑みを浮かべ知世。
 青くなった小狼は落ちていた鞄をつかむとさくらを追う。







 こうしてまた、平穏な日常が繰り返される。


 それこそが、彼らにとっての世界の中心なのだろう。


 大切な人と過ごすこの日々のために戦ったのだと


 きっと、彼らは胸を張って言うだろう。











 余談ではあるが










 小狼がさくらの機嫌を直すのに実に1ヶ月もの時間を要したのだが、




 それはまた別の話。