題名「友枝雑記帳」

Chapter1.「獨逸から来たプロデューサー」

六月のある日、或るドイツ人女性が、友枝町に来た。

名は、レニ・ミルヒシュトラーゼという。年の頃、30の半ばぐらいだろうか。

彼女は、ZDFの敏腕プロデューサーとして、その名を日本をはじめとする海外でも知られていた。

彼女を迎えたのは、ZDFの日本支局長クラウス・エーベルバッハという人間であった。

彼女は、日本の放送事情を視察しに、遥遥ベルリンから来たのであった。

「レニ、日本の放送事情はどうだったかい。」

エーベルバッハは、レニにねぎらいの言葉をかけた。

「お粗末なものでしたね。くだらないバ

ラエティー番組と、政治家の取っ組み合いの喧嘩ばっかりで。」

「お粗末な番組は、どこの國でも或るよ。何も日本だけではないな。」

フォローする、エーベルバッハ。

「そういうお座敷感覚を仕事に持ちこむのはいけませんよ。支局長。日本にかぶれましたね、」

「そういう文句は、本部の人間に言ってくれ。私は、ZDFに入局してからと言うもの、20年近く、

アジアに出しっぱなしになったんだから、20年近く、アジアにいればそういう考えがはびこってくるんだ。

日本に長くいるとお座敷感覚で物を考えたくなるんだ。」

「それだから、いけないのです。仕事は、早めに終わらせるべきなのです。」

レニが急っついた。

「で、君のようなエリートがこんなローカルラジオの収録現場にくるとはね。何かあったのか。」

とエーベルバッハがレニの行動を詮索した。

「いえ、日本で人気の或る番組がここの局でオンエアされると、東京キー局のテレビマンがいっていましたから。」

「小石川光希のランダム・ウォークだろ。」

馬鹿にするような目をエーベルバッハは女性に向けた。

「このラジオは、東京首都圏のみのオンエアだよ。

他の地域で聞かれる事がないと思うよ。」

「私は、そこにすごみがあるんだ。と思っています。面白い番組になっているだろうな。」

レニは少しだけ期待した

しかし、日本の殆どの番組に失望している彼女は、或る程度は期待していなかったのであるが。

Capter2”とうりょう付属中学の職員室

5月から、教育実習生として、実習に当たっていた、瀧田琥珀がめでたく、その実習を

終える事となった。

「みなさん、どうもありがとうございました。」

彼女はお別れ会のカラオケで、長渕を歌った。

少しみんな興ざめだったのだが。

で、彼女は激励を受けめでたくおわった。

で、彼女がいなくなって、数日後の廊下。

ここの中学の教師、須王銀太は生徒の一人ともよと話をしていた。

「えっ、先生松浦遊と同級生だったんですか。」

知世は驚いた。

「ああ。」

銀太は、苦虫をかみ殺したように言葉を発した。

「あの男スノビッシュで気に入らない。」

知世は察するように

「そうですよね。あいつ私の実母と懇意にしていまして、かなり好い気になっていたんですよ。」

「しかし、あいつ、この前の件は、良い藥だよ。」

ざまみろとした表情の銀太。

「あいつ、人命より、自分の作品の方が大切で、ああ、俺の最高傑作品がなんていいやがるんですよ。どっかのだれかさんみたいに。」

「どっかのだれかさんって、俺の事かい。」

銀太はたじろいだ。

「先生じゃなくて、先生が知らない人ですよ。」

「ガンダムの登場人物?

銀太は当てずっぽうに言った。

「そうです。0083って知っています。」

「あ、俺は知らない。俺が知っているのは、Z,ZZ,逆シャアぐらいか。」

「そういう世代か。ファーストはみないんですか。」

「幼稚園のころやっていたけど、見ていなかったな。」

「私も見ていないんです。」

銀太は思い出したように、

「あっ、お前のお父さんの就職の件、学生時代の恩師栗木先生に話をつけておいたから。」

「そうですか。姉も喜ぶと思います。いつも、父を心配していましたし。」

さっきまで、雨が降っていた空が、明るくなり、日が射しこんできた。

「お姉さんがいるんだ。たしか、お父さんと同じ考古学を専攻しているんだっけ。」

確かめるように銀太は自らの生徒に聞く。

女生徒は、

「ええ。オックスフォードのなんとかカレッジの學生ですが。」

「今、ご実家の方には?

銀太は聞く。

「多分、彼女は、自分の夫の実家のハノイにいっていると思います。」

「ハノイってベトナムの。」

銀太は恐縮した。

「そういえば、先日、姉が彼の顔をみせに歸國していました。」

「複雑な家庭だな。」

銀太はそうもらした。

「あっ、この前、教育実習生の琥珀先生の時折歌う鼻歌を松谷みよ子だとよく分かりましたね。」

知世は、声に出していった。

「あれは秋月茗子に教えてもらったんだ。彼女とは中学、高校ずっと同じクラスだった。」

「えーっ。」

「うん。俺と彼女が高校のころ、文芸部に茗子が所属していてね、彼女が文芸部の会誌に松谷みよ子研究を

執筆していて、普段あまり本を読まない自分が、柄にもなくその会誌を読んだんだ。あめこんこんふってるもんうそっこだけどふってるもんというくだりがあって、こりゃ松谷だなって。」

「そうなんですか。」

松浦遊、秋月茗子、有名人が多すぎる。

ふと、

「で、琥珀先生に松谷だって言いました。」

知世は先生に聞く。

「彼女は肯いたよ。」

あの先生、少し子供っぽいから。でも、子供の心が分かる彼女らしい。

「それから、ラジオを聞いていたんですね。」

「聞いたよ。琥珀と戦々恐々として聞いた。」

「私は詳しく分かりませんけれど、あの番組始まって以来の恐怖の収録だとお聞きしていますが。」

「彼女、小石川光希に声が似ていますよね。」

「おれも、彼女に会った時吃驚しちゃった。」

「ここだけの話、松浦遊と、小石川光希って夫婦だったらしいですよね。業界では、公然の秘密として

伏されていますが。」

「うん。」

小石川も銀太先生と同級だったらしい。

「小石川氏とも同級だったんでしょう。」

「中学から高校まで。お前と同じぐらいの年頃のころあいつに惚れていた時期も合った。それから

だめだったけれど、ほとぼりがさめてからというもの、友人としては最高だった。」

有名人だらけの學校ぞっとするぜ。知世は思わざるをえなかった。

「小石川氏と松浦が夫婦か。有名である事は、ある種のリスクを背負う事だと思っています。

先生が一番地道でかれらより、満足していません。」

この女生徒は時折鋭い事をいう。彼女は大同寺コーポレーションの社長令嬢だったからだろうか。

あの時、彼女は、マスコミの格好のねたになった。彼女を身を呈して守る父親は、

彼女の父そのものだった。銀太は改めて複雑な家庭だと思った。

「知世、お父さんの戸籍に入りたいだろう。」

「ええ、私ははやく平賀知世になりたいです。」

「で、ラジオを聞いた時の事を教えてやろうか。」

銀太は知世にラジオの事を話し始めた。

さかのぼること、1週間程前、とうりょう中学の職員室での事である。

琥珀は、自分の実習の間、休憩している。

「琥珀、最近、来た時よりは、教師の顔になってきているじゃないか。」

「ええ。全然役立たずな自分を育ててくれたのは銀太先生ですよ。」

「いや~。そういわれると照れるよ。」

「先生煽てに弱いでしょ。」

「痛いところつくな。知世もそういっていた。当初俺に惚れていたんだもん。」

「先生に惚れる女性って、その煽てに弱くて、単純で…。っていうのがおおいですよ。」

「いうな。」

銀太は考えた。おれって3Xになる現在まで、この性格でやってきた。何故かかみさんは、

自分の好みに合う人間じゃなかった。引っ掛かったんだよ。

「なにひとりでぶつぶついっているんですか。」

琥珀は突っ込んだ。

「いやなに、かみさんのことさ。鈴木亞梨實と言う名前なんだけれどさ。」

「すずき、私の彼が、ファミレスでバイトしているんですが、店長が鈴木さんと言うんですよ。」

「そう。俺のかみさんファミレスの店長だ。」

「そうかやっぱり、男好きで自分のハーレム化する計画があるって彼がいっていました。」

「なにーっ。ばれていたのかーっ。」

銀太は驚愕した。

「彼が言っていましたヨ。」

一人で熱くなっている銀太。

「熱くならないでくださいよ。」

或る教師が、ラジオをつける。

甘いメロディに乗って番組が始まる。

「いつも、ランダムにあなたの心をつかむ小石川光希のランダムウォーク。お相手は小石川光希です。」

銀太は、FM友枝のあの番組がいつもかかるなと思った。

「みきらしいな。」

旧友の番組には、要望がなかった。

「今日は先日募集していた視聴者代表がゲストです。友枝町にお住まいの相川美幸さん。」

「相川美幸さん。」

二人は面食らった。

銀太は時計を気にして、自分の体育の授業にいく準備をしている。

「あ、俺次体育の授業があるから。」

「相川さんはご出身は秋田ですよね。」

「はいそうですが。」

席を立とうとした銀太は、くちをおおきくあけた。

「これじゃあ、光希の一人漫才だよ。」

「私は、どちらが美幸先輩だか分かりますよ。」

「えっ。」

「彼女は、どちからというと、早口で、口調が荒いんですよ。」

「ああ。あの人の雰囲気ではな。」

ガス欠で、車がとまった時の口調を思い出した。

「たしかに、あらいな。」

「で、料理がおいしいですよね。」

「はい。そうですね。」

「美幸さんの音楽の趣味はなんなんでしょう。」

「そうですね、あらゆるジャンルに及びますよ。クラシックから雅楽まで。」

「わーっ。すごいですね。」

「私は、いまいちばんすきなのは、アンチバイブルコーポレーションですが。」

「あの、ミッチェル・クーガーがいるバンドですよね。“やってらんねーぜー”とかいう。」

「はいそうなんです。」

「実は、今日は、特別ゲストの美幸さんのために、美幸さんの好きな曲を特別にかけようと思っているんです。」

「それは、いいですね。」

「それでは、アンチバイブルコーポレーション“俺は聖書が嫌い”です」

アンチバイブルコーポレーションの曲が流れた。

「これは、ガールズポップが主に流れる番組なのに。」

琥珀は驚愕の思いでみた。

美幸さんワールドにもう入って来ている。強襲、阻止限界点も越えてしまっている。

はげしいハードロックがスピーカーから流れる。

銀太は、もう教室にはいない。

「はい、アンチバイブルコーポレーション“俺は聖書が嫌い”でした。」

「わざわざ、私の好きな曲を流すんですね。番組のイメージを壊していいんですかね。」

「大丈夫ですよ。今日は美幸さんワールド全開ですから。」

「そうですか…。」

美幸が恐縮しているのを琥珀は感じ取った。

「じゃんじゃんいきましょう。ところで、ラジオ暦は何年になるんでしょう。」

「私が熱心に聞いていたのは、高校時代の唯川幸さんの午後二時のシンデレラ

ですね。彼女のルックスと言っている事のギャップが良いんですよね。」

「レッサーパンダに似ている人でしたよね。私のルックスも良いほどでないですが。」

「そうですかあ。」

「そういえば、マサラムービーが好きでしたよね。きっかけは。」

「鈴原みさきちさんの番組をきいてからですね。他局の番組なのですが、

マサラでポンですか。」

「そうです。それから、マサラムービーの虜なんです。」

「それでは、大ヒット映畫“おどるマトンカレー”の主題歌”XXXXXX”

ヒンディー語のメロディが流れる。

「こいつ、ただ者ではない。」

琥珀は、あの美幸先輩ワールドを理解している小石川光希をそう考えた。

「この映畫おもしろそうですね。美幸さんはまだ見ていないんですか。」

「はい。」

「現在県立大学の4年生でしたよね。就職の方は。」

「もうきまりました。某球団の事務所です。」

「野球好きなんですか。」

「はい、まあまあですね。」

「誰のファンなんですか。私は鹿児島サザンクロスの平坂白太郎のファンなんです。」

「平坂白太郎ですか。私は、横浜ベイスターズの桑島投手のファンです。」

「美幸さんらしくマニアックな投手が好きなんですね。」

「はい。」

俺が修正してやるぞって奴はいないのか。

いないんだろうな。この小石川にかかっては、

はっきりって、ばかばっかだ。

知世ちゃんの受け売りじゃないけれどGP02Aの核バズーカものだ。

琥珀は最後をみたくなった。

「サッカーでは、誰が好きなんですか。」

と光希が聞く。

「私は、ティアマト新潟のさかなみじゅんがすきなんです。」

と美幸。

「私は全然興味がないんですよ。」

それだったらそんな話題をふるなよと琥珀は気分を悪くした。

「で、音楽の話題にうつりましょう。」

「はい。」

「この番組はガールズポップの番組ですが、ガールズポップではどんなのが。」

Judy and Mary が好きなんですよ。弟がブルーハーツとかジュディマリみたいなパンク系がすきなんで。」

「あれいいですよね。私も好みなんです。」

「で、曲は“ドキドキ”をお願いします。」

これで、普通の番組っぽくなったな。

「実は、私はドリカムが好きなんですよ。」

「ドリカムですか。」

「私のいちおし、“a little waltz”を」

私は興味がないけれど、こんな曲があるなんて。

「良い曲ですね。フレンチポップも捨てがたい魅力がありますよね。」

「ミッシエル・ポルナレフですか。」

すぐさま、ポルナレフの「あのことランデブー」が流れる

また美幸先輩ワールドに。

「もうここからは、美幸さんの趣味の世界で突っ走ろうと思います。」

「ああ、アバをかけてください。」

アバのSummer night city が流れる。

「美幸さん、北欧ポップっていいですよね。私はカーディガンズが好きなんですよね。」

「カーディガンズって透明な感じがしていいですよね。」

「そうっすね。私は興味がないですが。」

「そういえば、美幸さん、かなりの読書家と聞きましたが、どんな作家が好きなんですか。」

「藤沢周平とか、あとは、フリーマントルなんかが好きなんです。」

「私は、かすみかれんさんが好きなんです。」

「かすみかれんですか。今、若い女性に人気の或るポルノ作家ですよね。」

「ええ、奇麗で、」

「ああいうのを耽美主義っていうのですよ。そういえば、高校時代の同級生秋月茗子さんがガンダムの新作の

シリーズ構成をするのって知っています。」

ええーっ。ガンダム。

琥珀は驚いた。業界の人間でもないのに、なんでそんな事をしっているのだ。知世ちゃんがいう例の山崎と言う男

からおしえてもらったのか。

「じつは、サンライズの公式サイトで見つけたんです。シリーズ構成が秋月茗子、プロデューサーがくまいがいいちや、音楽がロバート・フェンダース、脚本がすめらぎすばるが担当する事になったらしいです。」

「すごいメンツですね。」

光希はそういってごまかすしかなかった。

「そういえば、私は、秋月茗子氏の初期短編集がすきでね、徹夜して読みました。」

「私としても、友人の本をよんでくれてうれしいですね。」

「うーん、1999年をさかいにして彼女は変りましたよね。脱純文学宣言というものをして。」

「私もすこしさびしいですね。」

「さびしいなら、バラードをかけましょうか。サザンの“鎌倉物語”」

-このきょくにまつわる思いでは、美幸さんあるんですか。」

「これは、私が幼い事、私の毋の末の妹になる叔母がかけていたんです。今もその時の思いでがあって、

実家に帰省した時秋田で聞くんですよ。」

「ふーん。そういう思い出があるんですか。」

「今となっては戻らない過去ですよ。」

「で、ハウンドドックも好きなんですよね。」

「ええ。サザンにているんですよ。」

「似ていますか。」

「にているんですよ。音の雰囲気が。」

「どうだろうな。ハウンドドッグ“嵐の金曜日”」

「似ていますよね。」

「ええ。」

「さあ、今日は、特別に視聴者ゲストをお招きしています。」

「相川美幸です。」

「しかし、濃いですね。美幸さんは。メタルやレゲエも流そうと思っていますね。リスナーの皆様は

何時もと違うと思うし、美幸さんが私に声がにているものも、かなりカルチャーショックですね。」

「流すんですか。」

「ええ。ボブ・マーリーがお好きだというようですね。お気に入りが”One song”らしいですね。」

その”One song”がかかった。

「ボブ・マーリーらしいメッセージ性の高い軽い曲ですね。」

「私は、レゲエ好きというより、彼の人間性に惚れていますから。」

「それっぽくみえますよ。」

「私ガデスか。」

「マニアックな人というのがよく分かりました。」

「で、メタルの中では、Gun’ n rosesがすきなんでしょう。」

「はい。気に入っているのは、”November rain “という曲が一押しですね。」

「これまで、聞いてきた美幸さんの曲の中で、一番私が気に入った曲です。

これ、感動しました。」

「ドラマチックでしょう。」

そうこうしているうちに、おしまいの時間が来てしまった。

銀太も授業が終わり職員室に帰ってきて、あまりの支離滅裂ぶりに閉口していた。

エンディングテーマの「気になるアイツ」が流れていた。

「では、また明日。」

で、帰りのhrが終わり、銀太は

「あんな番組は始めてだ。頭がくらくらするよ。」

「私も聞いていて、ブレイン・カレー状態でしたよ。」

二人は悪夢をみて帰っていった。

その參「美幸様の場合」

さて、かく言う美幸の場合はどうだっただろうか。

彼女は、いつもの通り、自分の家のポストに向かった。

郵便物がたくさん来ている。

一通目は、サウスダコタのウォートプラット村のジム君からである。

中を開けてみると結婚したという内容である。

写真も同封してある。田舎っぺ夫婦と言うところか。で、日本にハネムーンでくると言っていた。

日本には侍がいないともう完全に思っているよな。

もう一通は、臺灣のユイさんからだ。彼女は、現在臺灣大學の2年生。今後の台湾をしょって立つエリートだ。

北京語での文通は、彼女が高校生、美幸が大学1年生の時に始めたのだ。本名を劉玉山という。

彼女も気に入ってくれているようだ。祖父母が、植民地時代に育ったせいか、ユイさんと言う名前にぴんと来たと言う。彼女は英語は出来るらしいが、日本語は駄目らしい。

で、ラジオ局から、「あなたが、視聴者代表の番組ゲストです。」と書かれたはがき。

彼女は、収録日時をみた。

200X.X/Xの一時には集合してくださいか。」

彼女は早速収録日になった時に、

スタジオに急行する。

「まだ、十二時半だよ。セーフだ。」

余裕の表情で、収録スタジオに入る。

収録スタジオには、プロデューサーの岡山氏と、小石川さんがスタンバイしている。

「相川さん、まだ時間があるんだから、少し見学していきなさい。」

岡山さんがそういう。

しかし、結構狭いんだよね。

待ち時間までテレビをみる。朝のドラマの再放送が始まった。沢木彩が主演である。

「沢木彩って、ミーハーだと思っていたけれど、成長したよね。」

プロデューサーが画面をちらっと見る。

「そうですよね。此処数年はアイドル歌手から、大人の女優って感じになりましたね。」

美幸がちゃちゃをいれる。

「うーん、彼女の同期のおぎわらみおがアニメ声優もやるようになったんだよな。なんでそんな事やるんだろうね。」

「事務所の意向じゃないですか。」

美幸はそう言い捨てた。

「かもねえ、彼女ガンダムの新作の声優決まったらしいよ。」

「ガンダムですか…。」

彼女は正規の駄作∀Gundamを考えた。

「今度の作品は、ZZと逆シャアの狭間の時間が舞台らしいよ。」

ZZと逆シャアですか…。」

「そうなのだよ。」

「あっ、プロデューサーさん、富野語だ。」

「本当だ。」

美幸は、外人が二人いるのをみつけた。一人は、よく、日本のニュース番組で、海外の識者としてよくでる、クラウス・エーベルバッハだ。もう一人は。

「レニ・ミルヒトラーゼ、ZDFの売れっ子プロデューサー。よく日本でも彼女の番組が公開されているよ。」

「どんな。」

「ああ。“XX”,とか、『大阪黒社會』とか。」

「この前、国営放送でやっていましたよね。あの」

「そう。彼女がどういう風の吹き回しか、こんな田舎のfm局に来たんだよ。」

「へえ。」

美幸は、エーベルバッハに尋ねた。

「エーベルバッハさん、よくテレビでよく見ますよ。」

「はあ、」

日本語に堪能な彼は、

「彼女が日本で人気の有る番組がみたいとおもってきたのですよ。」

「そうですか。彼女英語使えます。」

「つかえますよ。5ヶ国語に堪能なんですよ。」

5ヶ国語ですか。」

「あんたが現在にほんのアーパー娘ね。」

怜悧な英語を吐く。

「いや、私は、本も読むんですけれど。」

「くだらないポルノかなんかでしょう。」

「いや、ゲーテもリルケもヘルマン・ヘッセも読みますよ。」

「本当かしら。」

「本当ですよ。」

この女、かなり手強いな。ひとあわふかせてやるぜ。日本女性の名誉にかけて。

美幸は、そうかんじた。

さて、一時になってブリーフィングである。

「えーと、君が視聴者代表なので、今回は無礼講として、君の好きな曲を書けようと思う。」

プロデューサーの声を横で聞きながら、詰まれているCDをみた。

アンチバイブルコーポレーション、インド映畫のサントラ、アバ、ボブ・マーリィ、ポルナレフ、

何か番組のイメージと違うものをかんじる。

「しかし、番組のイメージと違いますよ。確かに私の趣味の音楽ですけれど。」

「だから、今日は特別なの。」

プロデューサーの言葉に底知れぬ恐怖をかんじた。パーソナリティの小石川さんの

趣味を中心にやるものだと思っていたのに。

自分の知人が聞いていたら、そりゃ恐ろしい事になるだろう。

昔は、いけいけどんどんだったけれども。

今は、全体の調和とかに重きを置くものだと自分は思っている。

一時半だろうか。パーソナリティの小石川光希さんが入ってくる。

「相川美幸さんですか。」

小石川氏が美幸に言う。

「そうですか。私はあなたのファンなのでリスナー代表がゲストに招かれるのは光栄です。」

「そうですか。いつも私の番組を聞いてくれてありがとうございます。」

小石川氏は、みずからの声に似た美幸に恐怖をかんじていた。

半分顔が引き攣っている。

「やっぱり、ホラーですか。」

美幸はきっぱり言った。

「はい。」

美幸は、緊張が30%,恐怖が30%,その他諸々がかさなったが、自分の楽天的な考えが、

気合いを入れて、どうにかなるだろうとおもった。

さて、二時のOn air.

いつもの音楽と彼女のしゃべりだ。

美幸に話題が振られる。

美幸自身

妙に言葉が出てくる。

もう本番になると

すごいことになるというかアドリブでぽんぽん出てしまう。

自分の好きな音楽がどんどん出てくる。

もう、濃い空気がスタジオ中に広がっている。

この空気を楽しんでいるのは、

プロデューサー、

エーベルバッハは、

平然としている。

レニは、おぞましい空気の漂う場所を

興味深く見つめていた。

「やはり、東洋の神秘」

といいたげな。

そして、小石川氏もトラブルを楽しんでいる。

いや、私、相川美幸が遊ばれているような気さえする。

自分の好きな激しい曲やエスニックなメロディーに乗って。

番組側の連中が、倒れると思ったのにな。

私なんか下っ端の三下奴なんだ。

小石川氏は、もっとリラックスしましょうと無言で合図を送って微笑んでいる。

これが噂の光希スマイルというらしい。

彼女の顔を見るなり、リラックスし直した。

思ってもいなかった事が口からぽんぽんと出るんだ。

美幸は、番組甘くないと思った。

「気になるアイツ」が流れ、収録が終わる。

「お疲れ様、美幸さん。」

小石川氏がねぎらいの言葉をかける。

「つかれたっす。まじで」

へとへとになる美幸。

「私は楽しかったですよ。声がおなじってのは、けっこう不気味で。」

顔面蒼白になる美幸。

「こわばらなくてもいいのに。」

プロデューサーが言う。

「でも、美幸さんの世界ってこゆいですよね。私は、ドリカムとか、ジュディマリとか、フレンチポップしか聞かないから。」

「私が怖いのは、番組のカラーが壊れないかですよ。あなたの世界を楽しみにしているリスナーが、怒らないかって。」

「そんなことはありませんよ。番組あてにきたメールやファックスを見てくださいよ。」

美幸は、ファックス用紙や、モニターを見た。賛否両論だったが

異色で面白い、一日だけこんな日が有って良いんじゃないかとメッセージが富山の方からよせられていた。

「スープーシャンだ。」

プロデューサーと光希は、顔に苦笑いを浮かべつつ、常連の文面をみた。

外で見ていた、エーベルバッハは、

「また、視聴者の特別出演が有っても良いんじゃないですか。」

と部外者ながら提案した。

「マスメディアに携わるものとしての意見ですか。」

彼に質問するプロデューサー。

「ええ、そうです。」

となりにいたレニは黙ったまんまである。

「すごい番組でしたね。」

そう言い捨てた。

半ば顔が引き攣っていた。

「レニ、そういえば、あなたはドイツのどこなんですか。先ごろ独立した、バイエルンですか、ザクセンですか。」

美幸は英語でレニの話を聞こうとした。

「私は、バイエルンでもザクセンでも有りません。デュッセルドルフです。」

「デュッセルドルフって、ケンゾー・テンマとか言う医者が勤めていたアイスラー記念病院が有るところですよね。」

「そうですが、あの病院は市民の恥です。」

「うん。美幸君、あの事件が起っていらい、アイスラー記念病院はいまわしい存在なんだよ。」

エーベルバッハは、レ二の方向を見ながら、美幸に注意を促した。

あの事件とは…。今は語らずともよい。

「で、エーベルバッハさんは、」

「私はノルトライン・ウェストファーレン州の出身だよ。」

「はあ。」

レニは、かなり打ち解けたような感じだった。

「レニ、私は馬鹿な日本人だったでしょうか。」

美幸はレニに尋ねた。

ふっ。アジア的混沌ね。

そういっているように見えた。

美幸はさっしてやった。

美幸は家路を急いだ。

はけたあと、光希は電話をうけた。

旧友の銀太からだ。

「もしもし、光希、」

「はい。」

「パーソナリティの仕事大変かい。俺も、教師の仕事は大変だな。今度の教育実習生は、大変な奴だった。」

「ねえ、銀太今日の収録聞いた。」

「聞いたよ。君が二人いるみたいでね。片方美幸さんだっけ。」

「そう。かえって面白かったよ。」

「俺も、教育実習の女の子と聞いていたな。」

「そうなの。」

「光希、松浦と別れてもう2年になるよなぁ。」

「それがどうしたの。」

「いや、あいつ、この前の旧北朝鮮軍残党のテロ事件で、自分の自信作が壊されて、“俺の最高傑作品が。”と騒いでいたのを思い出したよ。」

「あいつ無様だったよね。彼と結婚していたのがうそみたいだった。」

「わらえるよな。そうそう。俺のクラスに大同寺コーポレーションのお嬢さんがいてさ、難しいやつなんだよ。」

「あの、襲撃事件の時一命を取りとめた。」

「そうだよ。彼女マスコミ沙汰になるのを避けているみたいなんだ。」

「でも、あの事件は風化しつつあるけどね。」

「でも、彼女にはトラウマのように俺には見える。」

「で、今どうしているの。」

「ひとりで帰る時も有るけれど、時折、ボディガードの男の人が迎えにくるんだよ。どうみたって彼女の父親みたいに見えるんだ。」

「で、かくまわれているんだ。」

「そうだ。友枝町のボロアパートに身を潜めているようなんだ。」

「かわいそうに。」

「俺も不憫でならないんだ。彼に、彼女をひきとったらどうだと打診しているんだけれど。」

「私じゃ力にならないわね。あんたしだいだよ。」

「うん。」

電話を切って銀太は、彼女の身を案じた。

そういえば、

「おとうさん、おさっししますが、彼女があなたの実のお嬢さんではない事を。しかし、あなたは、良い父親だと私は思っています。」

なんで気障な事をいったな。

彼女に俺は、一般社会で生きる事を教えたはずだ。

孤立しがちな彼女をテニス部に誘ってやったり、言葉づかいを矯正させた。

彼女、おれにほれていたもんな。

でも、他人の事なのだ。

それよりも、美幸の様子が気になる。

さて、友枝町に有るシアトル系コーヒーの店の「ニューディサイズ」

美幸は、同級生の瀬谷あずきとカフェラッテを飲んでいた。

「で、とんでもないだろ。自分でしゃべっているのがこわくなっちゃって。」

「相手はプロだから、そういうのも計算に有るんじゃないの。」

「そうかな。」

「パーソナリティの手のひらでおどっていたのはあんたじゃないの。」

「そうかよ。」

「そうだって、あんた就職横浜だってね。」

「そうだよ。」

「ゆくゆくは、横浜にとー

やでも呼び寄せるんでしょ。」

 

「んなことあるか。あいつ彼女がいるんだぜ。」

「しょんべん臭い中坊でしょ。うまく言っていない気がするんだよね。」

「そんなことはないよ。」

店内には、オアシスの”Acquiesce”がかかっている。

「でも、あんたが横浜にいく時に、いっつもついてくるよ。あれって。」

「勝手にあいつがついてくるんだよ。私も他の男とデートしたいがね。」

美幸はため息を吐いた。

「あんた、贅沢はいわないの。結構見てくれもいいじゃないの。」

美幸は話をそらしつつ。

「お前、播磨に帰らないの。じゃなきゃ神戸か。」

「関東の職場よ。」

「関東か。兵庫にも有るのにね。」

「決まっちゃったもんはしょうがないよ。」

自動ドアが開き、あずきは男性に気づく。二人連れだ。

「ハイガイズ。」

「あずき先輩、美幸先輩と何を話していたんですか。」

男性の片方は、あずきに言う。

「くだらないことだ。今後の就職の事とか、あんたのこととか。」

あずきは美幸の方を見ていった。

あずきは、男を美幸の隣の席に座る事を薦めた。

座る男。

「先輩、良いでしょうか。」

そそくさと、立ち去るあずき。

「ふたりで、デートの約束をしていてね。」

もう一方の男は、時計を気にしている。

「お前は、何にするんだよ。」

美幸は、男に注文を聞く。

「先輩の奴と同じで良いです。ミルクはノンファットでしょうか。」

「ああ、そうだよ。」

カウンターに近い席に、一年生のひなたが座っている。

しばらくして、黒服の男がはいってくる。

「あれが、ひなたの彼氏か。」

男はぼそっといった。

「麻生って言うらしいぜ。」

「キートンさんから聞いたんですか。」

男は、黒服を見つつ、女性の問いに答えた。

男が注文されたコーヒーを飲む。

「先輩、俺は先輩の方が。」

「方がなんだい。」

「いえ、何でも有りません。」

「彼女どうなんだよ。」

「うまくいっていません。彼女のことは、忘れたいです。」

「彼女に変な事はしていないだろうな。」

「…。」

男は口篭もった。

「やっぱりしているんだ。」

「…。」

「そんなことよりも、お台場いきましょうよ。」

「お台場か。」

こいつ、何かをかくしているな。

美幸は、男性-とーやの顔をみつつ

考えた。

知世ちゃんを手込めにしたのだろうか。

彼女可愛いし、彼の妹の近くにいたしな。

最近の上手くいかないのはそこに有るのかもしれない。

まあいいけど、あいつ大人の女には手は出せないし、他の小さな女の子に手を出すわけじゃないし。

もし、そうだとしたら、怖い事だよ。

美幸は、コーヒーを飲み干した。

さて、ここは、友枝町に有るフィットネスクラブ。

会員制のクラブである。

知世は、蓮次を伴ってきていた。今日で期限が切れるのである。

蓮次君は鼻の下をのばしつつ、自分の思い人をみていた。

ベリーショートの髪が一際美しい。

今日もトモヨスマイルで微笑んでくれるかな。

彼はそれを気にしていた。

「蓮次君、どうしたの。」

「いや、なんでもない。」

やっぱり、彼がいるといやなことから開放される。忌まわしい出来事や、あの青ひげの事を

今度、彼にお弁当をつくってあげよう。

こんなにときめくのは、小学校の時のさくら以来かもしれない。

最近、彼女とはうまくいっていない。自分がゲイであった事を知ってからだ。

「知世、今日はたのしみにきたんだから、小学生の時の事を考えなくてもいいんじゃない。」

「うん。」

昔ののように、苦手なものがなくて、すべて、思いのままだったのが、今は気弱な自分がいる。

立て続けにいやな事があった。ゲイである事がさくらに看破された事、テロリストに襲撃された事

「君のそんな顔を俺は見たくないな。昔ゲイでもいいじゃないか。君のお父様もそれで良いと

いっているじゃないか。」

うれいた顔の知世をみると、自分も悲しくなると蓮次はおもった。

彼は、知世にキスをした。

知世は、何か複雑な思いがした。

「…。蓮次君」

「いや、俺が軽率だったかな。」

「ありがとう。」

知世は思わず赤くなっていた。

「どうする、これから、」

「泳ごうか。」

彼らはプールにむかった。

知世は、凛とした表情に似合った、黒無地のハイレグの競泳水着を着ていた。

「知世、よく似合うね。」

「ありがとう。」

短い髪に、それが合っているような気が蓮次にはしていた。

こころなしか、たくましい體をしている。

「テニスをやっているから、おもったよりたくましいでしょ。」

「ああ。」

蓮次はいぶかしがった。普通女性が自分の水着姿を知り合って数ヶ月の男に見せないだろうと。

蓮次の考えた事は正解であった。

知世は、とーやのように、ただ肉体目当ての男か試していたのだ。

「僕は、君のしている事はわかるよ。試しているんだろ。普通水着姿を見せるような事を男にしないと思うんだ。」

「ええ。そうよ。」

「僕だって、こんな格好をした君をみると、君の嫌がる事をしたくなるよ。」

「…。」

「ぼくだって、あの大学生の男のように、君の肉体に興味があるよ。」

「あんたって正直者ね。」知世は、男の雰囲気に肯いた。

「ああ。」

「正直という文字が顔に書いてあるわ。」

正直か。

蓮次は思いやなんだ。小学校のころ、親のお金をちょろまかしたり、おんなのこの着替えを覗いたり、

スカートをめくったりした事を思い出した。

「俺が正直かい。まさか。」

「今のあなたを見ていると、そう見えるよ。」

「今の俺だろ。」

「男の子だもんね。興味を抱くことがあるよね。」

「うん。」

知世はいつものようににこにこしながら、プールサイドに向かって、泳ぎ始めた。

泳ぎなれている感じだ。

蓮次はボーッとしながら女性をみていた。

25m泳ぎ終わった時、

「私はあなたはタイプではないの。」

と、いいはなった。

「でもなんで、こんな所に誘ったんだよ。」

「あなたといるとほっとするから。」

蓮次は困惑した。

只のなぐさめものだろうか。

「君の男の趣味は分かっている。あの大学生の男、銀太先生、ガトーだろ。」

「うん。」

あの三人に共通するものは、或る程度のワイルドさだ。

男っぽいかもしれない。

「でも、そういう人に限って女の人がいたり、二次元の男なのよ。」

「うそいうなよ。あの大学生の男って、彼女は君で、女性のかげはなかったぞ。」

「いるのよ。彼が執着して、ストーカーのように追いかけている人間が、いや、まるっきり

ストーカーだ。」

蓮次はいったん呼吸をおいてから、

「俺は、君がゲイだろうが、そうでないにしても、君を征服したいと考えているんだ。

俺がいつ、あの男と同じで化けるかもしれないんだ。」

「あんただったら、ばけそうもないわ。」

知世は言い放った。

「でも、君の白い肌や、時折見せるかわいらしい声、日本人形のような顔立ちに惚れない男はいないな。」

「ええっ。」

知世は一瞬たじろいだ。

男性に声もかけられた事もないし、小狼をいじるぐらいしかなかった自分が男性にそんなことを。

「あくまでも、俺の主観だ。」

なにきざなことをいってるのよ。いつもは、ぼけーとしているのに。

こいつは、わたしを口説こうと口から出てくるんだわ。

知世はそうおもっていた。

蓮次は蓮次で、

なんで、気持がハイになっているみたいで、よく口からでてくるよ。

二人は御互いがテンションがあがっているのが、わかった。

「蓮次君、あんたおよげるの。」

痛いところをつかれた。

およげるにはおよげるが。

試しに25m泳いでみる。

めちゃくちゃだ。

「あんたかなずちだとおもっていた。およげるじゃん。」

彼女の誉め言葉なのだろうか。

でも、彼女の水着姿まぶしいよ。

あらためて思う蓮次。

むこうのレーンで、泳いでいる人間がいた。

なんだか、見た事の或る人なんだよな。

いぬかきのようだが、でたらめっぽいが、泳ぎとしては、はっきりしている。

「なんだそれ。」

知世は言葉をもらした。

前代未聞だこんな泳ぎ。

でも、海で泳ぐには良いのかもしれない。

泳いでいる人があがってきた。女性のようだ。

「知世ちゃん、蓮次君久しぶり。」

女性は二人を知っているようだ。

二人は女性の顔を見た。

「あ。琥珀先生、先生もここの会員ですか。わたし今日で会員でなくなるんですよ。」

「ああ、そうなの。」

「すごい泳ぎ方ですよね。」

蓮次はあきれながら、先生の泳ぎかたに見入っている。

「先生、こんな泳ぎ島で覚えたんですか。」

「うん。島では一番わたしが長く潜れたんだよ。」

青年と女性は、彼女が瀬戸内海の小島で生まれた事を。

そんな島本当に現代の日本に有るのかよ。と思わせる島である。

確かに辺鄙な島ならたくさん有る。でも、関東のような都市圏と同じぐらい

の、生活は或る程度している。でも、彼女を見ていると本当のようにおもえる。

「先生、本当に長く潜っているよ。」

「大丈夫なのかな。」

どのくらいだろうか。多分、五分ぐらいだろうか。

琥珀が出てきた。

「すごいでしょ。」

二人は舌を巻いていた。

「先生の生まれた島って、獄門島の近くでしょう。」

知世は、恐る恐る聞いた。

「そう。あの海域では、語り種になっているよ。」

獄門島事件、瀬戸内中が恐怖のどん底に陥った。とんでもない事件。

彼の名探偵金田一こうすけ氏が活躍して、事件は解決したのだが。

「わたしが聞いた話では、鬼頭さんとこの女の人と金田一先生が結婚して女の子が産まれた

らしいけれど、彼女の息子が金田一はじめちゃんらしいよ。」

琥珀はしたり顔で話す。

「あの少年探偵の。」

蓮次は驚く。

「そうみたいよ。」

「じゃあ、先生の島って、松山より広島の方が近いわけ。」

「うん。愛媛県なんだけれどね。島の子の大半が、廣島市の高校に進学するよ。」

「でも、先生松山の高校だったんでしょ。」

知世が聞く。

「そこしかうからなかったの。」

ほほほという顔で琥珀は答える。

多分、ぼけぼけで本命の廣島の高校に受からなかったのだろう。

と知世は考える。

「広島の高校受けにいった時のお好み焼きはおいしかったよ。」

しみじみと言う琥珀。

京都育ちのケロちゃんなら、「京都育ちの俺に言わせれば、広島焼きは邪道や。」と言うだろう。

知世は考える。京都は大坂焼きの土地だ。

「今度、おいしい廣島焼きのお店に食べにいきません。」

知世は提案した。

「うん。」

琥珀は、サークルの人といく、友枝駅前の店を思い出した。

でも、あそこは美幸先輩や、とーやとはちあわせしそうだ。とかんがえた。

ああ、あそこがいいか。ひなたがおしえてくれたあのおみせが。

「先輩、あそこのチーズが入ったお好み焼きがおいしいですよ。」

帯広出身の彼女は、チーズやバターが好きである。

邪道だな。琥珀は思った。

「先生、何一人でぶつぶついっているんですか。」

知世が心配しそうに聞く。

「あっ、ごめん、あたらしくできた廣島焼きのお店しってる。」

river danceでしたよね。チーズ入りの。」

蓮次が聞く。

「そう。そこ」

でも、なにか気になるんだ。

そう、琥珀の水着の柄である。

「先生、この水着何処で買いました。」

知世が聞く。

「これ、美幸先輩に永久に借りてて言いといわれてもっているの。」

「ジャイアンか。」

蓮次はめんくらった。

知世は顔が青くなった。

「知世っ。なにかこれにゆえんが有るの。」

蓮次が心配そうに聞く。

知世がしどろもどろになりながら、

「うん。」

と肯いた。

はたして、知世の真意は、そしてその訳は。ひとまず、付録第一弾を

付録「影の支配者」

友枝町に有る深夜クラブ「タクティクスオーガ」、ある大学生がビールをラッパのみしつつ

語っている。「わたしが部長なのに。」彼女の名前は、薮内とろここと、薮内裕子

薮内は或るサークルの部長である。しかし、傀儡に過ぎない。

「結局、派閥に分かれてしまっているのよ。」

「ああ。二つでしょう。」

「そうそう。一つは、がっちり固まった、龍崎海の派閥でしょう。腰巾着の不破模古名がいる。」

相手は、播磨出身のあずきである。

「もうひとつは、相川がいる自然発生的に完成した派閥でしょう。」

薮内は、らっぱのみしつつ、高崎の両親を思いながら、

「相川派の連中は、当初、“相川美幸を励ます會”というかんじだったよね。」

「うん。とくに親衛隊長なのがあのサークルで唯一南関東出身のとーやだよね。」

「あれ、できてるんじゃないの。」

「できているよね。」

「でもさあ、とーや中坊とつきあってない。」

「うんうん。中坊、中坊」

「あれ、浮気相手らしいよ。このまえ、ラブホにつれこんでいるのみたよ。」

「ええーっ。」

女子大生同士の会話は続く。

「で、あれどうなったの。」

「たぶんね。」

「ああ、相川美幸の事について話していたんじゃない。」

「ああ、そうだった。」

「あいつ孤獨だよね。この前も県立図書館で、ジューダス・プリーストとピアソラのCD借りているのを見たよ。」

「二人とも知らない。」

「洋楽の有名なアーチストよ。わたしは名前だけ知っている。」

あずきがビールを呷る。

「ふーん。そんなのいるんだ。」

薮内があずきをほめつつ。

「でもさあ、比嘉君とか、瀧田さんとか、ひなたちゃんとかとーや君とかなんで彼女がすきなんだろうねえ。」

「あの雰囲気がすきなんでしょう。あいつおもしろいよ。クラスいっしょだったから。」

弁護するような口振りのあずき。

「で、君、ゆうのすけくんと別れたんでしょ。」

「ああ。あんただってひろしと別れたんでしょ。1回生んとき濁点ボイスで“ひろしく~ん”

とかいってたのに。あいつ早稲田だったよね。」

「ゆうのすけくんは慶応だよね。」

「でも、なんで別れた男の事をいってるんだろうね。」

「そうだった。」

二人とも赤くなっている。

Acid jazzが流れる。

「この前、電車に乗っている時、相川と有ったんだけれど、大江健三郎を読みながら

ブルーハーツを聞いていたよ。」

あずきがいう。

「すごいとりあわせ。アイスに醤油をかけるようなものだよ。」

「あいつにいわせれば、一番あうんだって。」

薮内は、60-70年代を思い起こさせる店内をみつつ

「あのひと、こうだみかこのファンだよね。」

「そうそう。友枝の驛ビルの”Happy berry”でマグカップを買っているのみたよ。」

「サイケが好きだよね。」

「わたしは、”marine, mermaid”の方が好き。」

薮内。

「薄い青とかチェックを基調としたお店だよね。わたしも気に入っているだけど、

友枝町にはないんだよね。」

「パチンコ屋もないよね。清潔すぎるよ。」

「あぶないお店ってここぐらいだよね。」

「うん。なんでここぐらいしかないのかな。」

「ここのオーナーが海外ドラマのファンらしいよ。」

「うむ。」

二人の夜はすぎていった。

さて、本題に戻ろう。

「去年の夏、とーやが一人で水着を物色していて、わたしのために買ってやるとかいって、

わたしを連れてきて、買おうとしたんだ。じつに、変質者っぽかったよ。そこに美幸さんが現れて、

店員さんににらまれるとーやをフォローするように、これは彼がわたしのために選んだんだとかいって

自腹をきってかったものなんです。」

「わーっ。はずかしいっ。」

「正直言って美幸さんが、こなきゃあのひとロリコン変態だと間違われたかも。」

「で、これね先日、美幸先輩ちに伺った時に、永久に借りてて良いぞとかいってもらったの。」

知世は怖くなった。自分のサイズだよ、これ、なのにこの先生にぴったりなんだ。

(ちなみに、知世の身長は、156,琥珀が160,蓮次が165ぐらいか。)

「まあ、やせているからね。」

琥珀は豪語した。

「美幸さんって、いつも、良いところに来て、フォローに向かっているな。」

知世は独り言交じりに言う。

知世は一人の男性とすれ違う。

「電車であってから久しぶりだな。」

すれ違いざまに声をかけた。

男性は、筋肉質の體にみあった精悍な顔をしている。

年齢は、知世と同じくらいか。

「…さくらもよろこんでいたぞ。この前の絵本。あの時の事は反省しているといっていたし、わたしのファンであった事はうれしいと。」

蓮次はあの時の電車の青年だと確信した。

「あの時はどうも。」

蓮次は青年に一礼した。

でも、きざっぽいやつだ。

彼の筋肉質のからだ、俺のからだと比べると見劣りする。

それにともよと親しいようだし、でも、さくらとかいっていたし、でも。

「この前の彼だよね。彼って何ナノ。」

蓮次は

知世に聞いた。

「彼は、小学校時代の友人なの。」

「なんだあ。」

「知世、彼とうまくいっているんだ。」

蓮次の方をみる。

「なんだよ。」

青年は、琥珀をみて、

「この人は。」

「わたしのクラスの教育実習の先生だった人なの。」

「瀧田琥珀です。」

「はじめまして、」

青年は子供っぽい柄の水着を着ている人だなと

おもった。

「知世、彼女子供っぽい水着を着ているよね。」

と知世のにささやいた。

「小狼、彼女に失礼だよ。そんな事をいっちゃあ。でも、彼女子供っぽいところ有るからね。」

「ああ。」

「うーん。小狼のところは、教育実習の先生がきた。」

「きたよ。Clamp学園の大学院生とか言う東大卒の数寄屋橋先生が。」

「かなり、えぐぐくない。大学院で中学の教員免許って、」

Clamp学園って奇人変人のあつまりだから。」

「あの先生って、地元の県立大学でしょ。」

「あの學校も、地方の人ばっかりだもんね。」

琥珀は割ってはいるように、

「あの學校だってあの校風で、真に学問を学ぶものには、人気が有るんだけれど。」

と訂正した。

「いやし系學校ですよ。」

小狼の言い分。

「わたしの學校を馬鹿にしないでください。」

琥珀はいいはった。

「ううん。」

蓮次が横から

「先生の學校を侮辱するな。」

といった。

「侮辱するように入っていなかったんだが。」

小狼が訂正した。

しかし、蓮次には尊敬する先生を侮辱された事に腹を立てた。

「よし、じゃあ25m泳いでみる事にしようか。」

小狼は、この無謀な男の単純な挑発を受けるのを拒んだ。

「どうなんだよ、お前。」

挑発する、男に小狼は受けて立つ事にした。

「小狼、やめな。」

知世は友人にいった。

「こいつが言うので俺もやってやるんだよ。」

「蓮次君、あんたがかてるような男じゃないよ。」

「君は小学校時代からこの男を知っているからそういえるんだ。俺もこいつには負けられないんだ。」

琥珀が横から、

「男の子ってそういう事が有るのよ。」

といった。

彼らは飛び出していった。

やっぱり小狼ははやかった。

それでも、蓮次はしゃにむだった。それでも

彼女に良いところをみせたかった。

ちくしょう。

半周ぐらい遅れているだろうか。

小狼も、なんでこいつはこんな無謀な事をするんだろう。と泳ぎながら思っていた。

どうみたって、なんでこんなことを、

なんか、かっこいいかもしれない。

小狼はすでにゴールして思っていた。

一途な彼に、知世は、赤くなっていた。

「知世、顔が赤いぞ。」

「いや、小狼には関係がないの。」

思わず横を向いた。

…あいつ彼女のためにがんばっているよな。

小狼はおもわずにいられなかった。

「がんばったじゃない。」

琥珀がねぎらいの声をかけた。

「かっこよかったよ。」

知世は思わず微笑んだ。

「両手に花か。」

小狼はもらした。

「でも、小狼って銀太先生ににているよね。」

蓮次が洩らした。

「うーん。彼体育会系だから、彼の考えに困惑するかもしれないよ。」

知世はいった。

「いつも、はしりこみとか腕立てふせとか。」

「そうそう。君のお父さんがそういうのなれているよね。」

「家の親父は軍隊にいたのよ。自衛隊じゃなくて。」

「ああ、そうだね。」

「で、銀太先生お父さんの事を尊敬していたよ。」

「とまし村でいろいろみてきたから。」

「とましむら、いってきたんだっけ。」

「そこで、気を付けダルマの携帯ストラップを買ってきたよ。」

「気を付けダルマか。琴井工芸だっけ。この前のさんぱいの裁判で

中心になって闘った人間だよね。」

「寺田さんの話では、村長だったの。」

小狼が割って入り、

「寺田先生ってそこにいるのか。」

「うん。琴井さんが中学の恩師で、教育委員会の仕事をせわしてくださったんだって。」

「その寺田先生ってあのロリコン教師。」

琥珀が何の現状を見ずにいった。

小狼が顔をくもらせて、

「みんな悪い奴みたいに言うけれど、俺達にはいい先生だったんだ。」

「私たちも尊敬したんです。」

「なんで、発覚したんだよ。」

蓮次も言う。

「多分、チアリーディング部の、顧問の先生が垂れ込んだというのがもっぱらの噂よ。」

小狼に知世がささやく。

「本当だったら、寺田さんははめられたわけだ。」

「そのひとは、」

「今も先生をやっているよ。」

「本当だったら残酷なことね。」

琥珀が困ったように言う。

「しかし、あんた競泳用の海ぱんがにあってるわね。」

小狼に皮肉をたれる知世。

「君だって、髪を切って、声までかえるんだもん、知世と思わなかったな。」

小狼が言いかえす。

「まあ、いいじゃないか。」

蓮次の一言。

「そうよね。いいじゃないの。」

琥珀がいう。

小狼は知世の後ろを歩いていて、有る事に気づいた。

彼女の水着からはみ出したお尻の部分にあざが有るのを見た。

「どうしたんだ。知世。」

旧友に見られて恥ずかしくなったのか、彼女は逡巡した。

「あ…。」

一瞬言葉を失う小狼。

「…。」

無言の知世。

「まさか。」

蓮次が言葉を発する。

「そのまさかよ。蓮次。あいつにはいいたくないひとよ。」

「まさかあの大学生。」

「その大学生よ。うしろの小狼の天敵なのだよ。」

「なにぃぃいぃいいぃぃ。」

小狼は叫んだ。

「だから、あんたにはいいたくないの。」

知世はニヒルに言う。

「まさか、暴行を加えたんじゃ。」

「そう。」

「ゆるさねぇぇぇぇぇぇぇ。」

「あいつの聞こえないところで話すけれど、実はね、4月の下旬にラブホテルに連れ込まれてめちゃくちゃに汚されたのよ。」

「そんな。」

「あいつはけだものだった。」

感情的になる知世の言葉を淡々と聞いている蓮次なのだった。

「これから、俺がいるよ。」

一言いった。

一瞬赤くなる知世。

「俺はそんなことはしないよ。」

感情が抑制されていくのを彼女はかんじていた。

「なんて奴だ。」

小狼が、ぼーとしていた。

「蓮次君は、知世の事をおちつかせることができるのよ。」

小狼が、

「和ませる事が出来るのですね。」

「そう。あんたとーやとなんかあったの。そんなに感情的にならなくても私にまかせて。」

琥珀は自信が有りそうだ。

「あんたは。」

「私は、とーやの一年先輩です。彼なんか小僧よ。」

自慢げに言う琥珀。

やさしそうな雰囲気の中に力強さをかんじる雰囲気だ。

「俺分かるな。あなたが先生に志そうと思った事を。」

「小狼とかいったっけ。とーやとは。」

「彼、実はとーやの妹をとってしまったからなんです。」

知世は言う。

「なるほどね。」

「今は、時間が経ってとーやの方が、なにもいわないけれど。」

「今度は知世に手を出したわけか。あいつ、昔からロリコンだからな。」

琥珀の辞典をひもとくような口調。

「なんだろうね。大人の女性には手は出さない方針なのよね。」

「先生も大人の女性に入っているんですか。」

知世も言う。

「まあ、そんなものかしら。」

とーやにとって、大人の女性ってなになのだろうか。

「まあ、いいか。」

とにかくプールをあがった。

しかし、あがった先には、とんでもない女が待ちうけていた。

美幸である。

臺灣の一流紙と、人民日報を広げながら、脇には臺灣のペンフレンドからもらったエアメールを携えて、

恐ろしくでかく、かつ、古く、赤い、旧型のアメ車の脇でまっていた。

フィットネスクラブの自動ドアが開く。

はじめに知世が、次に蓮次が出てくる。

知世の顔を見るなり、

「よぉ、知世。」

「美幸さん。」

「間男をくわえたか。とんだ雌狐よ。とーやという男をいつつも。」

「この人は間男では有りません。」

「何回でも弁解すれば良いさ。しかし、男の方があわれよの。」

「あんなケダモノより彼のほうが紳士です。」

「口が立つな。」

「…。」

「さすが、大金持のお嬢様だ。」

「なんで鼻持ちならない言葉なの。前言撤回しなさい。」

美幸と知世が悶着を繰り広げている時、

琥珀と小狼が出てきた。

小競り合いを続ける二人をみつけた。

ん…。

「貴様ぁ。さっきから聞いていると鼻持ちならないぞ。」

「ほーう。」

後ろを向いていて、誰だか分からない。

自慢の拳法で攻撃しようとする。

しかし、のらりくらりと、小狼の蹴りをよけていく。

「よっ、はっほっと。」

しかし、間男風情になんでこんな攻撃を受けなければならないのか、美幸は疑問に思っていた。

振り向く美幸。

小狼だ。

「なるほど、お前さんいっぱしにいい技を使うじゃないか。腕を上げたな。」

したり顔で答える彼女。

「彼を間男をというのは俺が許さないぞ。」

今にも殴り掛かりそうな感じで美幸をみる。

「間男じゃないのか。」

「彼は、間男じゃなくて、知世のれっきとした彼氏だ。」

「彼氏だと。」

小狼をみて、知世が、

「あんたに、蓮次君を間男と呼ばれるなんてありません。ずっととーやの方がけだものだ。」

「けだものか。だろうな。」

「貴様風情に彼をいわれるとはねぇ。」

腕組みをしながら中坊どもの相手をする美幸。

「やさおとこよ。こいつは女狐だぞ。捨てられるかもしれないぞ。」

おろおろしている蓮次。

「くやしくないのか、こんなおばさんに言われて。彼女を侮辱されているんだぞ。」

小狼は蓮次に向けていう。

「…。」

「あんたにいっておく、蓮次君は紳士的な人だ。」

激しい形相で言う。

許さない。知世は怒りで震えていた。

小学校のころ、人間に優越感なんで持たなかったのに、侮辱されて悔しいという感情が芽生えていた。

脇で見ていた小狼も、かつての旧友の変わりぶりに舌を巻いていた。

「くっそー、何であんなおばさんに言われなきゃいけないんだ。」

知世は一人で怒っている。

しかし、ふと考えてみれば、実におかしかった。

「すこし、つかれていたのかも。」

「かなり、おまえ混乱しているぞ。」

「多分。」

「この前のテロリストの襲撃事件は、まずかったな。」

「ええ。それにこの前、とーやに…。」

彼女の顔が曇った。

「とーやか。」

蓮次がぽつりという。

「あんなやつに、お前の彼女は…。」

「氣にしない方がいい。俺はそんな奴の事を気にするぐらいだったら、」

「そうね。やつをみかえしてやらにゃあ。」

美幸の方を知世は睨んだ。

「あんたにはまけないからね。」

おくれて、琥珀が出てくる。

言い合っている面々を見て。

「小狼とかいったっけ。彼女怒鳴ったって聞くような女の人じゃないからね。」

「えっ。」

小狼は不思議がった。

「先輩、すごい車ですね。」

「ああ。」

「流星号はどうしたんですか。」

「あれは、今車検に出している。」

「能見台ですか。」

「いや、友枝町だ。」

「あそこの、看板息子がいるところですよね。」

「そう。あのあんちゃんの。」

「古いアメ車ですよね。」

「そうだ。外車を貸してやるという事だったんだが、自分の頭の中では、ドイツ車かスウェーデン車を貸してくれるんだと思っていたんだけれどね。こんなんをかしてくれやんの。」

「なんで、ドイツ車か、スウェーデン車じゃないといけないんですか。」

「外車で日本車並みの品質を求めるんだったら、そっちらへんになるということでだ。」

「あの、話かわりますけれど、先輩今日バイトですよね。」

「ああ。」

「急がないといけないんじゃないですか。」

「そうだな。しかし、まだ時間が有るよ。」

突然ホテルパシフィックの着メロがなる。

「はい、相川です。はい県立図書館サンですね、予約していたCD二点来ましたか。」

「どうされたんです。」

「いやね、頼んでおいたジューダスと、ピアソラのCDが来たのだよ。」

「じゃあ、いそがないと、図書館しまっちゃいますよ。」

「急ぐとするか。」

「そういえば、隣町のものとり市のパチンコ屋でとーやがバイトしていましたよ。」

「そうか。気になるな。」

そういって美幸は県立図書館に向かっていこうとする。

が、

「今日、深夜クラブで沢木彩のアコースティックコンサートがあるってよ。」

といいのこした。

美幸は立ち去っていった。

「先生すごいんですね。」

「彼女とは付合いが古いから。」

小狼は琥珀をみる。

「しかし、あんた友達思いのいいこなんだね。」

「女性にはやさしくするのはあたりまえですから。」

そうクールに言い放つ小狼。

「いえ、あなたも先生になるべくしてなるひとだと思いますよ。」

小狼はかんじていた。

車中の美幸は、

「琥珀に小狼か。俺の方が分が悪かったな。」

と独り言をいっていた。おもむろに携帯から、琥珀にメールを打ち出した。

「琥珀へ、おまえと小狼の顔に免じて、蓮次の事は黙っておく。

いい青年そうだし、知世の教育実習生で、私の後輩でとーやの先輩である

おまえと、知世の小学校時代の友人である小狼をみていると、

黙っていた方がいいかなと思うようになった。

とーやは私が面倒をみる。 美幸」

という内容を…。

文面を見た琥珀は。

「先輩は、心の奥底ではとーや思いなんだ。」

と呟いた。

帰り道で、

「小狼、あんたって、アジアの王族の御曹司でしょう。」

琥珀はいった。

「えっまあ。」

「あんたの雰囲気から日本人じゃないし、こんなに女性にやさしい男性って

日本にはいないんじゃないの。狂乱の貴公子君。」

「おれ、そんなに貴族じゃないです。」

横はいりするように知世が、

「彼は、中国の名家の出身で、文革ん時に香港に亡命してきたんですよ。

彼の親父さんは、紅衛兵になぶり殺しにされたんですよ。」

得意げな知世である。

「言い過ぎだよ、知世。」

といいつつも、昔の彼女の顔だと少しほっとする小狼、さっきまでの不安な顔が吹き飛んでいる。

「小狼、彼女元気が出たよね。」

蓮次が小狼にたずねる。

「ああ、俺もほっとする。」

「でも、おまえはかっこいいよ。」

「どこが、君の方が、ずっとかっこいいよ。」

「あの知世が、おまえをたよりにするぐらいだからな。」

「てれるよ。ただ彼女を幸せにしたいんだとおもった。小学校時代好きだった女の子

に、いやらしい事をしてきらわれたことがあったから、彼女には嫌われたくないんだ。」

「もっといいおとこになれよ。」

きざだなあこいつ。

蓮次はおもった。

「小狼、あんたって彼女いる。かわいいなっておもっているから。」

知世が「いますよ。かつて私の親友でしたが…。」

一瞬口篭もった。

彼女の事を考えるとまた今年の3月の事が思い起こされる。

あの、冷徹かつ邪悪に満ちた目を。

「知世、そんな奴を考えるのはやめよう。」

蓮次がいった。

いきなり、むきになって、知世が

「あんたには、わからないのよ彼女のことを

そいつに裏切られて、」

「くやしいのか。」

小狼もなだめるのように。

「知世、彼女は多分、反省してもらいたくて、すこし感情的な態度をとったんじゃなくって。」

あの柔和な態度で聞いた。

「はい。彼女、今では反省しているんですよ。」

「でしょう。」

「俺は、君がむかし、ゲイでもかまわないよ。」

蓮次が言う。

「じつは、社會の授業でさくら、彼女の名前だけれど…。が、ゲイも生きられる社会もという事を

聞いて態度を軟化し始めたんだよ。」

「彼女は、少し頑固な部分が有るからな。」

「実は、俺は彼女とも会いたいな。是非さくらさんもいれてWデートをしたいと考えているんだけれど。

小狼」

琥珀は、横で聞いていて、

「いいんじゃない、それ。」

「先生、勝手に決めないでくださいよ。」

知世は、困惑した。

「俺は構わないよ。」

小狼が一言いった。

一方、パチンコ屋

とーやがバイトしている。

有る台を覗くと、見慣れた顔が。

色が濃い。

コザ出身の普久原だ。黒人とのアメラジアンだ。

「ん。とーや。」

「おう。ふくはら。」

「ここで、おまえがバイトしているとは気づかなかったな。」

「パチンコ屋のバイトしてみたかったんだよ。」

「やっぱりな友枝町にはパチンコ屋はないさー。」

時折沖繩弁が入る。

「たまの出方はどうだい。」

「まあまあだな。」

「そういゃあ、茶道部のちゃおりくん、津市出身の隼人君という秀才を部員に組み入れたそうだよ。

おっ、でたあ。」

ふくはらの台がでる。

「これで、今日はおしまいだな。」

たまのはいった容器をキャッシャーに持っていく。

彼は、クラッカーを景品にした。

よだんであるが、ちゃおりくんは茶道部中興の祖としてかたられることになった。

有線で、traffic jamの曲が流れている。

せっせと、いそしむ。

美幸先輩、今アンミラでバイトしているんだよな。彼女あんた恥ずかしい格好良く出来るよな。

ふと思う。

知世-

ふと考える。

なんで可愛いからってあんな事をしたんだろう。傷として残るのだろう。

知世の姿をみない。

先輩は、自分が一番好きな人じゃないんだ。俺は知世が好きなんだ。

でも、先輩のやさしさにあまえている。

先輩が他の男に心移りする可能性があるかもしれないな。

「木之本、なにぼーっとしている。」

正社員がどなる。

音楽はsmapの朝日を見に行こうよに変っていた。

パチンコの台の電子音がせわしくなる。

美幸は、

アンミラでバイトしていた。

客は以前よりも少なくなったようだ。

「真向かいにヴィッシュ・ドナヒューが出来てしまっちゃなあ。」

うらめしそうに真向かいを睨む。

エビフライをテーブルに運ぶ。

1番テーブルエビフライはいりました。」

窓ガラスに見慣れた顔があった。

しかし、彼らは気づかない。

彼らは、

「銀太先生じゃないですか。どうしたんですか。」

「ここの店長を俺のかみさんがやっているんだ。」

「まじっすか。」

「私の彼が、ここでばいとやっているんです。」

「ああ、俺のかみさんがハーレム作るといっていたな。」

「本当ですか。」

彼らは入っていく。

真新しい建物にはいっていく。

「いらっしゃーい。あれ、琥珀先輩きたんですね。」

ウェイターの一人は、見慣れた顔になれなれしい。

「うん。比嘉ちゃん来ちゃったよ。」

中学生の一団をみて

「こいつらは。」

「いや、私が教育実習をやっていた時のクラスの子なの。」

「どうも。」

琥珀先生の彼か。

精悍な漁師といったところか。

「ごちゅうもんは。」

となりの男性にも聞く。

「このひとは、教育実習の現地の先生。あの男の子と、女の子の担任。」

「ああ、店長のだんなだ。俺店長の家族の写真をみたけど。」

「なにかすごくこわいね。」

「俺は、これにするか。」

銀太はTボーンステーキを頼む。

「真向かいのアンミラにとまっている車どでかいな。」

「美幸さんの車だ。」

知世は一言洩らした。

「そんなばかな。」

「彼女、車検に愛車を出している見たいよ。」

「どうりで。」

あまりにも場所を取る車に、知世も、蓮次も銀太も目をむいていた。

キッチンの方から、料理が出来た事が伝えられる。

「店長、ご主人が来ていますが。」

「あいつ、自分の教え子や教育実習生とくるとかいってたわ。」

「私の彼女なんです。」

「あの彼女。同じ学校。」

店長は、テキパキとしゃべりながらやっていく。

「でも、あんたグラサンをつけない方がかわいいよ。」

「そうすか。」

「だってあんた空豆タロウみたいだ。」

ああ。やっぱり、自分のファッションだとおもっているのに。

どいつもこいつも。

妹も、空豆タロウのコスプレのようだと。

俺は、1980年代ファッションのつもりなんだ。

「おーい、比嘉ちゃん。」

亞梨實店長が言う。

「はいっ。」

銀太や知世のテーブルには、亞梨實が運んでくる。

「知世ちゃん、久しぶり。」

「ああ、亞梨實さん。」

「今度、あなたのとーさまとお話したいな。」

「父も市民講座を持ちたいといっていましたから。」

「そういゃあ、知世、おまえのおとうさんの講師の口とうりょう大學に紹介してやるよ。」

「ありがとうございます。今度姉が日本に帰ってきた時でも話しますか。」

しかし、キートンは日本の学会から追放されたはずだが。

「お姉さん、お父様と同じ考古学を専攻なされているようね。」

琥珀が知世に尋ねる。

「ええ。実は彼女美幸さんとは顔なじみなんです。」

「このまえ、姉が旦那様をつれて日本に帰ってきた時に、ばったりあってしまって。」

「旦那様、」

琥珀の頭の中では金髪碧眼の男性が頭によぎった。

「彼は、ベトナム人で、美幸さんの郷里のしょっつるを気に入っていました。」

「へえ、しょっつる。」

「彼の故郷ではヌクマムというらしいんですよ。」

「で、美幸さんと話があったという事ね。彼女、考古学や民俗学のサイトに投稿していたから。」

「そんなひとなの、美幸さんって」

銀太が聞いた。

「そういうひとなんですよ。故郷秋田から青雲の志をひめて上京してきたらしいけれど、

夢やぶれて、商学部に在籍していたらしいんですよ。」

 

「考古学の方が彼女に合う感じだな。」

「興味をもっていないわりには、いつも最前列の座席にすわってノートをとっていますよ。」

「俺なんかは後ろで居眠りこいていたが。」

銀太。

「よく先生になれましたね。」

知世が皮肉を言う。

蓮次の料理、知世の料理は比嘉ちゃんが運んできた。

「どうぞ。」

一番遅いのは、琥珀の料理だ。

女性のウェイターが運んできた。

皆食べ終えて、帰っていった。

よる10時半、美幸のバイトが終わる。

はけて帰ってきた時、とーやの車がくる。

「深夜クラブいきましょうか。」

「ああ。」

どうみたって、デートだよ。

「そういえば、今日は沢木彩が出るんだよ。」

「沢木彩って、朝のドラマにも出ていて、藝暦を伸ばしていますよね。今日はアコースティックライブだとか。」

「えっ。」

「大人の歌手になりつつある彼女が見たいですね。」

深夜クラブに入っていく。

カウンターにビールを飲みつつ、みてみる。

沢木の登場だ。

曲調は、渋いバラードというか。おとなの歌手だ。

「日本にはこんなのいないからな。」

「俺もそう思います。」

「このまえまで、臺灣のロリコンアイドルメイリーに入れ込んでいたのに。」

「うるさい。」

「先日、臺灣のペンフレンドのユイさんから手紙が来たんだが、彼女結婚したってよ。」

「ええっ。」

「残念か。」

「残念です。で、ユイさんって今なにやっているんですか。」

「彼女は臺灣大学の2年で、20歳だっけな。」

「エリートじゃないですか。」

「彼女が高校生のころから文通を始めていたんだが、当初は漫画家になりたいといっていたのが、大学に入ってからは、まじめ人間になってしまってね。」

「臺灣もきついですからね。」

ジンを飲むとーや。

「歌が終わっちゃったな。」

「はい。」

「そういやあ、さくらのやつは。」

「あいつ、部屋をめちゃめちゃにしてまた小狼のマンションに戻っていった。」

「ないてばしょくをきるという言葉があるが、勘当したんだろあの小娘。」

「はい。」

「それから、このまえ見ていたんだけれど、おまえ知世ちゃんをラブホテルに連れ込んだろう。」

言葉をうしなったとーや。

「かなりすごい事をしたみたいだな。」

きびしい感じで言う。

「まあ、知世ちゃんだから、だまっているけど、ほかのひとだったら、大事だぞ」

「魔が差したんです。御互いすきだったから。」

ふと、「もうひとつのにんぎょひめ」のシーンを思い出した。

まがさした王子はにんぎょをいみもののように扱った事を。

「でも、なんで中学生の女の子じゃなきゃ駄目だったの。」

「…。」

「私や琥珀やひなたじゃだめなんだ。」

「シスコンの裏返しだね。あるいは母親のトラウマ。」

「もういい加減にしてくれ!!

とーやは大声をだした。

「おまえは、こうして信用を失ったんだ。きっと、知世ちゃんはお前を忘れるように

するな。」

「…。」

「でも、とーや、知世のことは忘れようよ。」

「はい。」

「ラブホテルだったら、私がいってみたいな。」

「あはは。」

「私じゃ駄目なんだ。」

オーナーが、「閉店ですよ。」という。

「これから、どうする。」

「予定はないです。」

「真鶴にいこう。」

「遠いですよ。」

「朝日を見に行こう。」

とーやの車は美幸の車についた。

ついこの間まで、

雨が降っていたようだ。

「晴れるといいな。」

 

「晴れると思いますが。」

私の中では、smapの朝日を見に行こうよがなっているんだ。

美幸は言おうとした。

「あっ、ここにsmapbird manが。」

ダッシュボードの上にあるcdをみつけらてしまった。

車は、もう大磯まで差し掛かっていた。

「込まなければ真鶴まですぐだな。」

「はい。」

二台の車は、

後ろにRV車が走っていた。

東の空が

あかるくなりつつあった。

「ったく、先輩は何を好き好んで真鶴くんだりまで。」

ぶつぶついいなら、車をはしらせる。

ついに真鶴までつく。

「奇麗な朝日だな。」

美幸はとーやにいう。

「はい。」

ひとこというとーや。

こいつ、面白いよな。いつも私についてくる。

「朝日を見に行こうよですか。あれ、男性が、女性を誘う歌ですよね。コリャ反対ですね。」

「カーステレオでつけていたんだ。」

「はい。シチュエーションにピッタリかなっと思いましてね。」

「ぼくとこのさきであさひをみにゆこうよ。」

美幸は歌をハミングした。

ぱーっとあかるくなる。

二台の車は朝日をみたあと、海を立ち去っていった。

すると、電話がなった。

「はい、相川です。」

「比嘉です。」

「比嘉ちゃんかい。いったいなにがあったんだい。」

「急な用事です。多分とーやもいると思うので。」

「どうしたんだ。」

「とにかく、平塚の俺の指定するファミレスに来てください。重大なニュースです。今琥珀先輩といます。」

「ああ、わかったよ。」

すぐさま、比嘉から電話があったことをとーやにもしらせて、平塚のファミレスまで急いだ。

その用とは、付録を待て。

付録-雪のないクリスマス

鹿児島市にある、鹿児島大学水産学部

そこに、相川信一郎という學生が通っていた。

秋田出身である。

「ふーっ。」

彼は講義を終えるとすぐさまコンビニのバイトにむかう。

「灰がすごいな。」

ひとこともらす。

いまいちばん気になる事は、秋田の母親と、関東にいる姉の事であろうか。

そういやあ、恵美子の兄も関東の同じ学校だったよな。

奄美大島出身の彼女を考える。

「相川、おまえぼさっとすんな。」

店長が言う。

一人目の客はおにぎりをかっていった。

数時間後、バイトが終わる。

彼は、秋田にいたころのクリスマスシーズンの事を考えていた。

丁度、テレビで沖縄の映像が映し出されていた。

「沖縄はいいな。クリスマスに雪が降らなくて。」

そとでは雪が積もっていた。

彼がそう洩らす。

「うん。もしかすると、沖縄の人は、雪のあるクリスマスを羨ましがっているかもしれないな。」

姉が答える。

「おーい、姉貴雪かき当番は姉貴のばんだぞ。」

思い出したように土曜日の、雪かきの番を言う。

「わかったよ。」

毋が、

「おまえらねろよ。」

と寝るように促す。

父がソファで、新聞を読みながらくつろいでいる。

「雪のないクリスマスか。」

父は呟いた。

先ほどの番組が終わって、ニュース番組に変っていた。

シャワールームから信一郎があがってきて、

何かに急がされているように、姉が入る。

(雪のない国に住みたいよ。もっとも、姉貴は寒いのは強いし、スキーは俺より上手だし。まあ取り柄はそれだけだろう。あと、小学生だてらに役に立たない知識。)

彼が10歳、姉が12歳だった。

あの時はおやじとおふくろがうまくいっていたしな。仙臺の祖父も生きていた。

「しんいちろー。」

浅黒い肌の女性が、信一郎をたたく。

「何を考えていたの。」

「いや、クリスマスシーズンの事だよ。秋田では毎年あの時には雪が降るから、雪が降らなかったらな

という事を姉と言い合っていた事をね。」

「雪の降るクリスマスか。ロマンチックだなあ。」

「ロマンチックか。全然。つらいだけだぞ。此処数年は秋田でも雪がそれほど降らないと思うけれどよ。」

「私なんか、奄美大島出身だから、雪のあるクリスマスにあこがれるんだよね。」

「ああ。」

彼はそっちのほうがうらやましいと内心考えていた。

「でね、私が幼稚園の年長サンで、兄貴が小学1年だったけな。」

「で、雪の件はどうなったの。」

「あれは、クリスマスツリーの綿で解決したんだよね。」

「ごねたりはしなかったんだ。」

「結構単純でごまかされ易いんだろうね。私って。」

「うん。」

「でさあ、君の兄貴って今2回生だったよね。」

「年子なんだ。」

「俺の姉が4回生で、東京近郊の友枝町というところにある、◎◎県立大學の商学部だったっけ。」

「私の兄もなのよ。」

「たしか、1980年代ファッションに身を固めているようだけれど、空豆タロウのコスプレにしかならないってやつ。」

「そうそう。おねえさんはくだらない駄文書きだっけ。」

「そうだよ。君の実家の身の上話をきいたら、文章にまとめると思うんだけれど。」

「私の先祖が糸満の漁民だったという事でしょ。」

「兄貴なんて、もう先祖帰りしたような感じなんだ。」

「うわ。」

「兄貴もあのコスプレ服をやめて、普通の服を着れば見てくれはかっこいいのに。」

「確か、家の母親が関東の方に来て、比嘉という學生はかっこいいといっていたよ。」

「家の兄貴じゃなきゃいいけれどよ。」

家路をいそぐふたり。

アパートに急ぐ二人。

狭いアパートには水産学についての本がところせましに並んでいる。

すぐテレビを点ける。

「ということです。今日のトップニュースです。ポーランド、チェコ、ハンガリーがeuに加盟しました。」

今日あった事を告げている。

「そういえば、君のお兄さんに、俺達の写真を送ったんだよね。」

「うん。相川信一郎という名前も告げたしね。」

「もし知り合いならば、とんでもないことに。」

「それって杞憂じゃん。」

「杞憂に終わってくれればいいけれどね。」

二人は、悩んだ。

テレビは点けっぱなしだ。

全国放送からローカルニュースに変っている。

「桜島の風向きです。鹿児島市方面に吹くでしょう。」

また灰だよ。

信一郎はうんざりした。

「私は高校時代から慣れっこになっているからね。」

平気そうな顔をした恵美子。

「たしか、高校は鹿児島市内だったっけ。」

「そう。兄貴も同じ学校。」

こういうところか。

「しんいちろうって秋田市内だっけ。」

「そうだよ。家はサラリーマンだ。」

信一郎は、カレンダーを見た。

「実家って大島つむぎの問屋さん。」

「島でも大きい方なんだけれどね。」

ふと、軽い地震があった。

ぐらぐらぐら・

二人は地震をかんじていた。

「すこしおおきかったね。」

テレビはテロップを流していた。

「たった今地震がありました。大隈地方、震度?!薩摩地方震度X~.

「たいしたことないじゃん。」

恵美子はモニターに見入っていた。

「だよなあ。」

信一郎もだ。

「イベリア半島のバスク地方では独立運動が最高潮です。首都パンプローナでは。」

「今度はイベリア半島か。」

次のニュースになっていた。

たんすの上にあったアルバムが、おっこっていた。

「アルバムおっこっちゃったね。」

信一郎が、写真をかたずける。

「テレビを消そうか。」

テレビを消す。

「そういえば、写真。お兄さんに送ったんだ。」

「俺も姉貴にお前の写真をおくった。」

「うん。」

一枚の写真が

目に付いた。

「うーん。」

「えええっ。」

どうしたんだ。

「これ高校時代の写真なんだよ。」

「そう。」

「たあいのない写真だね。」

そうだよ。

「はにゃーん。」

信一郎が驚いた。

「ほええええっ。」

恵美子が決定打をみつけてしまった。

核バズーカどころか、コロニー落しものの決定打だ。

「俺の姉貴だ。」

「私の兄貴だ。」

二人は、どこでこんな写真手に入れたんだと顔をみあわせた。

「とんでもないものを。」

「じゃあ、サークルかなんかは同じで、先輩後輩の間からか。」

ふたりはこわくなった。

信一郎は姉が手をかけている男性に目が言った。

「恵美子。」

「なんだい。」

「この男どうもあやしいよな。」

「おねえさんの、彼氏っぽいね。」

「姉貴が去年一時期首っ丈のとーやとか言う男だな。」

「とーやさんか。」

「兄貴の彼女がこの人か。年上かな。」

琥珀をみていった。

日付は、今年の5月になっている。

「誰の写真かな。」

二人は顔を見合わせた。

サザンのCDをみて、

「姉貴帰省するといつも海の方に車でいってはこればっかりかけているんだよな。」

「たぶんとーやさんもうんざりしているんじゃないの。」

「そうだろうね。」

「この事を関東に言わねば。」

「でもどこにいるんだろうな。」

時間を見る。

もう寝ているだろうな。

寝る。

何故か二人は目が覚めた。

「今何時だよ。」

「多分早朝だな。」

遠くの桜島が噴煙をあげていた。

朝焼けが奇麗だ。

「雨は今日は降らないのか。」

恵美子が試しに兄にかけてみる。

「もしもし、お兄ちゃん、」

「ううん、恵美子かどうしたんだ。」

「じつはね、私の彼の相川信一郎君ってお兄ちゃんの先輩の相川美幸さんの弟サンだったんだ。」

「なんだとー。」

突然の情報にびっくりする。

「そんなばかなあ。」

現在、比嘉は琥珀の家にいる。

彼氏のあまりにものあわてぶりに琥珀も驚いている。

「えっ、彼女といっしょなんだね。」

「ああ。いきなり電話をかけてきたんでその上、美幸先輩のおとうとだったなんて。相川という苗字に引っ掛かっていたんだよな。」

信一郎は恵美子の電話をとって、

「おにいさま、姉貴はどこにいるんですか私は美幸の弟の信一郎です。」

「信一郎君か。彼女だったら、真鶴にいったよ。とーやと一緒に朝日を見に行くといって。」

「あねきらしいや。神奈川おたくだから。」

「でしょーっ。俺が何とかしておくよ。」

電話をきった。比嘉であった

「本当に姉貴に取り次いでくれるんだろうな。」

信一郎は、恵美子に言った。

「あにきだったら、あなたのおねえちゃんにやってくれるよ。」

一方、比嘉は、琥珀と共に、美幸ととーやを探しに、友枝町を離れていた。

「とにかく神奈川方面にむかわなきゃ。」

「ええ。電話の様子では、あなたの妹さんが美幸先輩の弟さんとつきあっているということ

らしいし。」

車は、神奈川区方面にはいっていた。

まにあうかな。

いっぽう電話をうけて、平塚方面にむかっていた美幸ととーやは

「おれって、やさしい女かな。臺灣のユイさんが、“日本の女は男にやさしすぎる”って

いわれそうだな。」

臺灣からのエアメールをみて美幸は、独り言風に言う。

「美幸先輩、でも、俺はあなたのやさしさに助けられたようなものですよ。」

「知世ちゃんの事か。」

とーやはだまって肯いた。

車は二宮の方を通過しようとしている。

「知世ちゃんも見ず知らずの男じゃなくて、幼なじみのお兄ちゃんだからだまっているのかもしれないし。」

「俺は、彼女がすきだったんです。」

「好きなこにはやさしくしてやらなきゃいけなかったんだ。今思うとお前とぴったりだったかもしれない。」

「ええ。」

「オレテキには、あの小娘より、知世の方が、お前の妹みたいだった。」

「そういえば、“ワルシャワの悪魔”の兄妹って俺と知世がモデルでしたよね。」

「ああ、しかし、筋書きを変えなければいけなくなったよ。」

海沿いを走る車は着実に平塚に向かっている。

「とーや、」

「なんでしょう。」

「僕が、秋田にかえることになってもいいか。」

「でも、就職の内定がきまっているんでしょ。」

「きまっているが、秋田の親がお見合いをうけろといってきたんだ。」

「お見合いですか。」

こいつに秋田までおっかけらるかな。

「いや、お見合いをするよりは、関東にいてください。」

なんとまあ見上げた、ストーカー根性。

「まあいいや。」

「昔、お前のクラスに秋月なくるとかいう人間がいただろ。」

「ああいました。」

「彼女、今蛙屋敷というところにいると百合子さんがいっていた。」

「あの、ベンジャミン・クリンクリンという餓鬼が入る屋敷ですか。」

「エリオルとか言う妖怪じみた男といるってよ。」

エリオルか。昔いたよな。

とーやはおもった。

「でも、お前は蛙屋敷をしっていたな。」

「知る人ぞ知るミステリースポットですよ。」

「フライカスでよんだのか。」

「そうです。フライカスでありんす。」

美幸先輩のまねをしつつ、ふざける。

エリオル、もしかしたら、ジョースターともつながりがあるかも。

美幸はふとおもった。

小娘や知世、小狼なんかともありそうだし。

そんなことをいうな。

今は、比嘉ちゃんが指定する

ファミレスにいく。

「ここか。」

真っ赤なアメ車は駐車場に入っていく。

なぜかbgmはバルカン半島の民謡だった。

「なんだよ。」

後輩の急な呼び出しに美幸はいつになく冷静だった。

とーやは、ただついてくるだけ。

窓際の禁煙席に見慣れた顔があった。

「先輩、こちらの席に座ってください。」

比嘉はいつになく神妙だった。

隣の席の心配沿うな琥珀。

すわって、コーヒーとホットサンドを注文した美幸。

「いったいなんだね。用とは」

「美幸先輩、あなたに言いたい事があります。」

サングラスをとった精悍な目が光る。

「実はあなたの弟さんが、私の妹とつきあっているらしいです。」

「そうなのか。私も弟に彼女の苗字が比嘉と

いう苗字なのがひっかかっていたんだよ。」

「そうです。その比嘉ですよ。」

美幸はおもむろに鹿兒嶋の弟に電話をした。

「もしもし、美幸だ。今、お前の彼女の兄貴である私の後輩がいるが、本当に

すごい事になっているな。」

口をへのじぐちにしながら、弟に聞く。

「ああ。本当なのだよ。彼女に変ります。」

「もしもし、お初にお目にかかります。信一郎のお姉様ですか。」

「そうだ。とんでもないことになったな。」

「奇遇というか、何かというか。」

「私はそれはそれで面白いと思っているよ。でもなんでばれたんだ。」

「たぶん、兄貴やおねえさまがうつっているサークルか何かの写真がちょうど我々のアパートにあって。」

美幸はだまりながら。

「そうかい。」

「で、おねえさまの隣に座っていらっしゃるのが、とーやさんじゃないかしら。」

「ああ、彼恥ずかしくて電話に出たくないって。」

「おやおや。」

琥珀がいきなり電話をとって、

「もしもし、私は、お兄様の彼女の瀧田琥珀です。」

ずうずうしくも電話をする。

「先輩、そりゃないでしょ。」

とーやが「私は、美幸さんの彼の木之本とーやです。」ときりだした。

「やっぱりだ。」恵美子ははしゃいだ。

美幸は唖然とした。とーやには知世ちゃんという彼女がいるだろ。

「こいつには、彼女がいるんだよ。」

と電話に出た。

「そんなことはありません。私が美幸さんの彼氏です。」

「でも、写真によると、美幸さんよりとししたですよね。」

「そうですが、本当にそうです。」

関東側も沸いた。

比嘉と琥珀が大喜びをしていた。

「ばんざーいばんざーい。」

ああ。

美幸は空気の抜けた、パンチ人形のように、くたくたした。

「姉貴、とーやさんだいじにしろよ。」

と信一郎が駄目だしをした。

「これから、将来信一郎と恵美子さんが結婚するようなことがあったら、私が姉、比嘉ちゃんが弟という事になるな。じゃあ、よろしく。」

「はいっ。」

これから、すごいことになるなんで誰も思わなかった。

一方、友枝町の小狼のアパート。

さくらが、「もうひとつのにんぎょひめ」を読んでいる。

「この絵本、何かを指し示しているような気がする。

この中の登場人物が、他人のようにおもえないんだよね。」

「ああ、おれもおもった。こんな怖い絵本はなまえのないかいぶつ以来だ。」

「最後の隣の国の王女様の後ろ姿が誰かのようにみえる。」

二人はこれから起る出来事が予言されている事に気づかなかった。

「あ、そういえばさあ、知世に彼氏が出来たみたいだよね。」

小狼に聞く。

「うん。やさしそうで、彼女を必死で守っていける男のようにおもえたよ。」

「名前は。」

「朝岡蓮次だ。」

「あ、私、かれのことれんちゃんとよぼう。」

「いいんじゃないか。」

「知世の彼だから、魅力的だろうな。」

「うん。」

小狼はやさしそうな顔でわらった。

付け加えると、小狼のいっている会員制のフィットネスクラブ、あそこには、琥珀も会員で、

いっつも、琥珀に小狼はいじられているらしい。

「よう、王子様。」

「琥珀サン、来たんですか。」

「今日はくまさん柄の水着じゃないぞ。」

チェックの柄の水着を見せびらかすようにいう。

「はあ。」

「あんた、競泳用の海ぱんがにあうねえ。」

その時、小狼は、知世以上に手強い人だなとおもった。

で、知世と琥珀は交換日記で通信しているらしい。

あと、友枝町に帰る道すがら、

「美幸先輩、俺思うんですけれど、知世に男がいるような気がするんですよね。」

「だからなんだよ。」

「いえ、彼女を汚した報いとして、俺が罰を受けているのかもしれません。だまって彼女はさっていったような。」

梅雨の晴れ間が、さびしそうに紫陽花を照らしていた。

(The end?)