CCS外伝逆襲の藤隆 5
- 平賀百合子の考古学教室 -
「お見合イ成功セリ?!…。」

ここは、横浜市P区。横浜市の南部に位置し、もう既に横須賀というか逗子と言った方がいい場所にある料亭大難楼。横浜の奥座敷に存在し、辺りにはそれほど人家が無い。横浜の吉野町という場所にある知世の家から近いので、知世の恋人である朝岡蓮次の家族が車で送ってくれたのである。
中に入ると、実に趣のある場所である。知世達がいた座敷からは、日本庭園が見える。
まるで富士山のように作られた築山、古そうな御影石で作られた石の橋、
所々に松が植えられて、
金沢の兼六園にある様な足が違う灯篭がほの暗く辺りを照らしていた。
池に映る月はまるで、闇夜に照らされたトルコの剣のようであった。
「三日月か。」
蓮次が呟いた。
「そうね。まるで中近東の堰月刀みたいね。」
知世もそう言いつつも悪い予感が漂っているのを察知していた。
蓮次の父親が知世にビールをつきながら、
「知世さんも是非ここの料亭の予約が取れましたので楽しんでいったらどうだね。」
とほろ酔い加減でいった。
「そうですね。お父様。良く良いお店をご存知なこと。おほほほほ。」
知世は笑って誤魔化した。
「いえ。それほどでありませんが。」
と謙遜をした。確か彼自身商社マンらしいが、割合危ない仕事もしてきたのではないかなっていつもの洞察力で思ったのである。
蓮次の父親は今しがた、お姉さん夫婦は円満だろうかと言おうとしたが、
止めた理由は、自分のベトナム人の義兄は今は心は姉に無い事は分かっているのである。義兄自身は家族のために自分の心を偽っているのであると言う事を考えていた。
「どうしたの。」
蓮次の父親の傍らに座っていた母親がボーッとした知世に呼びかけた。
「いやあね。知世ちゃんは将来の事でも考えていたんじゃなくって。」
蓮次の姉がフォローを入れた。
朝岡家の一番上の兄弟でもある兄も
「そうだそうだ。」とフォローを入れている。
なんとなく子供たちは分かっているように写るのである。
なんだか気まずい空気は、ここで何かが起るのでは無いだろうかと考えてしまった。隣の部屋が何やら騒がしいのである。
蓮次は知世に耳打ちをした・。
「本当は君の家に来る美幸さん夫婦の方がお姉さんみたいだよね。百合子さんは只イギリスから帰って来て、風呂飯寝るだもんな・。顔面がいいだけだよ。」
と剣呑な表情をした。
知世は、
「蓮次くん黙りなさい。確かにそうかもしれないけれども、御両親の前で言う事無いんじゃなくって?
と彼氏くんに釘を指した。
そういう時に蓮次の父は・。
「知世ちゃんは、お姉さんとはうまくいってないみたいですね。私はうまくいく事を願っているのですが・。」
と言った。
これには知世は、
「はぁ。」
と言うしかなかったのである。で、蓮次の母親も
「そうですよ。私も百合子さんがいいお姉さんだと思いますね。あなた方が中学生の頃に始めてあった時から私は気に入っていたの。」
と顔をほころばせた。
そういえば、ハノイの義兄の父親や祖父も百合子のファンである。最も、義兄の妹に当たるマイちゃんは、美幸さんのファンであると言っていたが、年齢は大体私と2~3歳ぐらい年上であるし、美幸さんとの方が意志の疎通ができるのである。博識だし百合子さんと違って偏狭じゃないからであるか。美幸さんとメール交換しているらしいし・。
「そういえば、知世さん。あの美幸さんはスコットランドにいっているらしいですよね。」
蓮次の姉が知世を見た。
「ええ。独立直後のスコットランドの混乱を見てみたいと言っていましたから」
知世はきっぱりと答えた。
「いいですよね。私あの人のヴァイタリティーには感心しているの。口ばっかりで失敗ばかりしている
あなたのお姉さんとは大違いだなって。」
この前、自分が高校生だった時に美幸さんとあって美幸さんの事を蓮次の姉は感じていたのである。
「ええ。姉は口ばっかりで失敗ばかり。」
知世はそれを見て苦笑した。成功するように見えたのであるが。私は姉をそれでも心配している。やはり彼女の事が好きなんだって。美幸さんは姉をいじめすぎな感じもするんだ。
知世は溜め息を吐きつつ天井を見た・。
「知世、なに見てるの?
蓮次が料理の入った皿を見せた。
「ああ、もう料理が来たのね・。」
一通り料理が運ばれて、皆食べ終わった時に、知世は学校のレポートの事を考えていた。それから藤隆さんに教えてもらったけれども
そういえば今夜ここで、さくらがお見合いをするんじゃなかったっけ・・。
「お父さん、さっきまで騒がしかった隣の座敷妙に静かですわねぇ。」
蓮次の毋が気味悪そうに答えた。
「何があるのかな。」
蓮次が不安そうな顔で知世の方を見た。
静寂の中で鳴るししおどしがやけに不気味である。
リズミカルなそれは心臓の鼓動のように聞こえたのである。
「あのちょっとトイレに。」
知世は座敷をでた。
知世は障子で仕切った隣の座敷の方を見た。
何やら若い男の声が聞こえる・。
「さくらさんの趣味は何でしょうか。」
お見合いの席で当たり前の質問をしていた。
「はい。音楽鑑賞です」
木之本桜の声が聞こえた。
違うだろ。って知世はツッコミを入れたくなった。
お前は似合わない嘘をつくなよって思ってしまう。
「私は、音楽はジャズを聞きます・。」
男性は答えた。
クラシックじゃないんだ・。美幸さんだったら音楽の教科書に載っているようなメジャーな作曲家じゃなくて、マニアックな作曲家のCD/レコードを沢山持っているなって思い出してしまった。
「クラシックはお聞きにならないんですか?
さくらは聞き返していた。あいつにしてはやるじゃねえかと言う感じである。
「私は、どうもクラシックは難解な感じがするんですよジャズだったら。」
そこから先は知世は聞き流した。彼のジャズのミュージシャン自慢が始まったからである。
さくらから何も返答が無いので彼女は居眠りをしたのではないかなって思ってしまった。
「あの、私はジャズは何にも分からないしそんなに音楽は興味が無いんです。」
さくらはそう聞き返していた。
「正直ですね。」
相手の男性はそう返しているのが聞こえた。
障子越しに聞いていた知世はうんうんと頷いていた。
「あの、私真之介さんってお父さんや昔あこがれていた男性に似ているんで好きなんです。私そんなに考古学に興味はありませんが、是非結婚して下さいませんか。」
さくらはそう返答していた。藤隆さんの話によると彼は雪兎さんに似ているらしい。
「盗み聞きをしているようだ。一体誰なんだろう。」
若い男性の声だった。彼は辺りを見回しているようである。そして通路側の障子をがらりと開けた。
男性は知世を発見した。
「誰だか分かりませんが、盗み聞きしていたのですね。」
藤隆のようで雪兎のような顔立ちの彼はそう言った。彼は、知世を眺めて
「昔からのお友達と言った感じでしょうか。」
と、そのショートカットで水色のワンピースを着た女性を見た。
「ええ。私は小学校時代あそこにいるさくらさんと仲が良かった人間ですの。おほほほ」
知世は白々しく作り笑いをした。どうも敬語を使うと昔の癖が出てしまう物である。さくらはピンク色の振り袖を着ていた。
「私は、この人気に入ったよ。お父さんこの人の事をさくらとは合わないと言っていたけれども、
小狼よりずっといいよ。お父さんの学部長さんのお孫さんである事を気に入ったし、小狼と付き合うのいい風に考えていなかった
お兄ちゃんも満足するんじゃないかな。」
とさくらは知世に微笑んだ。
知世は、はあと言う顔をした。で思い出したように、
「あ、私トイレにいってこようと思うのでお邪魔虫は退散いたしますわ。」
と襖を開け退散した。
そして、蓮次達の家族がいる座敷に戻った知世は、
「長いトイレじゃなかったですか。」
と蓮次の父親に言われてしまった。
「ええ、済みません。」
蓮次の父親は、知世とは長い付合いなので笑顔で答えた。
「あのお父様、小学校時代の友人が隣の座敷でお見合いをしていたのを目撃しましたの。
世間って広い様で狭い物だと思いませんか。」
と、彼にそう言う顔をした
蓮次の父親は、
「息子との結婚もしなければなりませんね。」
とビールでほろ酔い加減の顔でいった。
「ええ。ありがとうございます」
知世は真顔で言った。
さて、みんな帰る時になった頃合い、
知世は藤隆と遭遇した。
「ああ、知世さん。さくらさんのおとなりのお座敷だったんですね。」
藤隆はにこやかに微笑んだ。
「そうですよ。ボーイフレンドの家族と来ていましたから。私はさくらには安定した人と結婚して欲しいと思っていましたから。あの二人であればみんな満足するんじゃないですか。」
知世は今夜の一部始終を藤隆氏にそう報告した。
「ええ。知世さん私も小狼君という人はいい人だと思いましたが、他の女性とお付き合いしているようだし、いかんせん馬の骨の分からぬ人間の綾小路とか言う男性が彼女の回りをうろついていた時も在りましたね。とーやくんはかれのことを気に入っていたみたいですが、私はどうも許せませんでした。
そういうことならば
学部長先生のお孫さんと結婚させた方が良いのではないのだろうか思いました。私も要らぬ心配をしなくてもいいと思います。
ただし、惜しむらくは知世さんほどお勉強がおできになるとは思いませんので、あのお孫さんが満足するとは限りませんが。」
と、頭上の欠けた月を見た。
知世はこう言い返した。
「それは2人にかかっているのではないでしょうか。私のような勉強が出来る人間だけではない事を彼が感じてもらわないといけないんです。それに勉強が出来る女性は男性に敬遠されると言う事を聞きましたしね。」
知世はさりげなくさくらをフォローした。遠巻きに若い男性の声がした。
「おじい様、私は平賀百合子先生の妹さんの方が欲しかったですね。」
ついさっきまで、さくらとお見合いしていた男性である。
知世は、
(
あのヒステリーおばさんを誤魔化せても私は騙せないわよ。あんたみたいな人間と誰がくっつくもんですか.)と内心は思っていた。
その時に、藤隆が
「真之介君、娘をよろしくお願いします。知世さんが欲しいのは分かります。でも知世さんだって都合があるし結婚を約束している人間がいるんですよ。そういう人に求婚するのはお門違いです。
君は私の娘とお見合いに来たのではないですか?!
いつになく厳しい口調で男性を睨んだ。
彼はたじろいだようである。
「分かりましたね真之介君。彼女をお願いいたします。」
藤隆は彼に深深とお辞儀をした。
こんなかっこいい藤隆を見たのは始めてだったので、知世は吃驚した。
「いや、私びっくりしましたよ。藤隆さんがこんな事を言うなんて」
知世は感動していた。
「私は結構手厳しい人間ですよ。あなたのお姉さんを私が教鞭を執っている学校の講師に推薦をしたのも、美幸さんをとーやくんのお嫁さんにふさわしいと思ったのも私の一存ですね。」
知世は黙って肯いていた。
「私はとーや君をあなたのおむこさんにお願いしますと言う事で美幸さんに委ねたのです。」
確信した目の藤隆を見たのは知世とて吃驚である。
「あなたは見たところ、今の彼とはお似合いのカップルじゃないでしょうか。」
と笑って答えた。
「知世さんさがしましたよ。」
朝岡ファミリーの人々が知世の前に来た。
「ええ。済みません。ちょっと知人と会ったものですから。」
といった。
「この人は、」
蓮次の父親がいった。
「はい。父の友人の木之本藤隆さんです。父が苦しい時に色々援助してくれて。姉の就職先もこの人が紹介してくれたんですよ。」
と言った。
「それはそれは、ここにいる知世さんのお父さんとは家族ぐるみで付き合っているので。」
と朝岡家の人間がいった。
「いえいえ。」
藤隆がそう答えた。
「じゃあ、知世さん。」
藤隆がそういって知世に手を振った。
知世は深深とお礼をした・。
帰りの車の中で・。
「知世、あの人やさしそうな人だったね。」
蓮次が藤隆を見た印象を答えた。
「うん。やさしそうに見えて、しっかりした人だよ。あの人に私の家が助けてもらっているようだなって思うの・。」
知世はフロントガラスから見える風景を見た。先ほどまで森ばかりの風景が言えばかりに代わり、
知世の家に近くなる風景を眺めながら・。
今回のお見合いは表面上は上手く行ったようだけれども、本当はお見合いの相手の男性は付き合っている女性がいるんじゃないかなって思った。
彼のよそよそしい態度は祖父への体面を重んじているような気がする。
今しがた縁側からみた外の車通りに、不審な車が通りかかったような気がしてならかったし。
知世はこのお見合いは政略結婚の匂いがすると確信していた。
藤隆さんはわざとその昔さくらが付き合っていたみずからが気に食わない天ちゃんとか言う男性を遠ざけるためにお見合いを仕組んだのが濃厚である。
藤隆さんが好きだった小狼は台湾出身の李苺鈴という女性の方に心が動いている。
話は戻るが、次回は大学構内で小狼とであった知世の話を書く
次号をまて。
続く